--03 「今回のパーティをきっかけに司と婚約させて、西園寺との事業提携を本格化させようとしてるってところね」 「………え」 ほら、と言われて見た先には、司と笑い合う実里さんの姿。 じくりと、心臓が痛んだような気がした。 「そこまで悲しそうな顔しないでよ」というエレナさんの声で、俺はまた視線を元に戻す。 「私は反対よ。ていうか、あんなふわふわした子に西園寺の妻は務まらないわ」 「………あの、」 「第一司が断るでしょうね。ああいうタイプ、あの子嫌いだし」 エレナさんは通りがかるウェイターに軽く右手を挙げ、ドリンクを受け取った。「お連れ様は」と問われ、俺は首を横に振る。 「今日、どう思った?」 グラスに軽く口をつけ、エレナさんはそれをテーブルに置いた。 中身がゆらりと揺れる。 「どう、って」 「これが"私たち"の暮らす世界なの。家柄だとかしがらみだとか、そう言ったものは生まれつき与えられたもの。死んでも手放すことは出来ないわ」 指先がグラスをなぞって、ルージュの痕を拭った。 添えた中指には傷があった。血が集まって、まだ少しだけ赤い。 無意識に、テーブルの下に隠れた自分の掌を見た。男らしいゴツさもない、室内にいるから日に焼けてもいない手だと思った。 「司がアキちゃんを好きってことは知ってるわ」 「……え゛」 「何言ってんの。バレバレじゃない」 いや知ってる。ぶっちゃけ、俺も知ってますけど。 こうやって第三者から改めて言われると恥ずかしいというか、弟さんホモですけど大丈夫ですか?というか。 「男同士とか、そういうことに偏見はないつもり。ファッション業界って、そういう人多いし」 「………そうですか」 「司って結構一途なところがあるから、これから先ずっと、アキちゃんのことは好きだと思うの」 「何があっても」と、エレナさんは付け加える。 「アキちゃんが本気ならいいの。でも、司と付き合うということは、西園寺の後継ぎと付き合うということなのよ、大袈裟に聞こえるかもしれないけど」 「俺は、」 「だから今、覚悟が欲しいの」 本気とか、本気じゃないとか。付き合うとか付き合わないとか。 まとまらない思考の中で、それでもエレナさんの声はやけにはっきりと聞こえた。 「これから先、同性で付き合っていくのは楽なことじゃないわ。西園寺家の後継ぎと縁談を結びたい女なんて、掃いて棄てるほどいるの。恋人として公に出ることも許されないかもしれない。そういう環境の中で今後、司と付き合っていくことが出来ないなら、いま身を引いてほしい。今ならまだ間に合うから」 司が一途だなんて、うんざりするほど知ってる。 だってその感情は全部、俺に向けられたものだったから。 エレナさんが今日、俺をここに連れてきた意味がやっと分かった。 これが司の棲む世界で、俺が入るはずのなかった世界だ。そこに生半可な気持ちで足を踏み入れるということは、最後にはきっと傷つくし、司のことも傷つけるということだ。 うまくいく、なんてことはきっとありえない。 見据えた先には何もない。 好きとか嫌いとか、そういう感情だけで動けるほど。 簡単じゃないのかもしれない。それなら俺は、どうしたらいいんだろう。 グラスの氷が溶けて、カランと鳴った。 いつの間にか遠ざかっていた周りの音を、俺はようやく取り戻す。 [←] [戻る] |