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 「どうしたんですか?」


 ていうか、そもそも何でここにいるの? この学園って、関係者じゃなくても入れるの?
 俺の疑問に気づいたらしいエレナさんは、ファーティペットの毛足を指先で捻りながらニコリと笑う。


 「セキュリティのことは譲二さんに指摘してあげなくちゃ。ここの守衛、西園寺家の名前を出したら、簡単に開けてくれたわよ」


 あっけらかんと言うエレナさん。
 おい、ここって金持ち坊っちゃん学園じゃないのか。セキュリティ完備、万全の設備じゃないのか。


 「まあ、わざわざこんな辺鄙な場所へ出向くには、それなりの理由もあるのよ」
 「絶対行かねぇ」


 エレナさんの声に、重ねる勢いで言い切る司。傍目にはまったく噛み合っていないように思える会話は、二人の間では通じているらしい。


 「困るわ」
 「困れよ。マジで無理」
 「主催が是非にと言っているの。大高坂家とは古い付き合いだし、将来的にも今から顔を合わせておきなさい」
 「そういうの無理。やってらんねぇ」
 「西園寺の次期代表として、出向きなさい」


 それまでは幾分か柔らかいものがあった、エレナさんの口調が、凛とした物言いに変わる。


 「私も呼ばれてるのよ。司個人じゃなくて、西園寺家がゲストとして招かれてるの。次期代表の貴方が来ないなんて許されない」


 ピリ、と空気が張り詰める。

 正直に言おう。帰りたい。
 だって俺は、司のプリントを届けに来ただけなのだ。会話は意味不明だし、俺は明らかに第三者。プリントだけ渡して、帰っていいはずだ。そうだ、帰ろう。帰って中国語の勉強する。


 「あの、俺失礼します」


 手に持ってたプリントを司に押し付けて、一応挨拶をして。
 さぁ部屋を出ようと後ろを向いたとき、それが俺の運の尽きだった。


 「ぅぐえっ」


 ぐい、とシャツの襟を引かれ、俺は部屋から出れずその場に留まる。
 妙な方向に首をひねらせつつ、何とか振り向けば。そこには、何か思いついたように笑うエレナさんが。
 つられて俺も笑顔に――なってみたものの、頬は引き攣った。

 だらりと、背中を汗が伝う。


 「………おい」
 「司が首を縦に振らないから悪いの。もう遅いわよ」
 「………分かったから、晶は連れてくな」
 「私の考えは絶対よ。数分前の自分を悔やみなさい」


 何となく、よくない方向に話が進んでいるらしいことは分かった。
 だってエレナさんの顔が、我を貫く司の顔にそっくりだったから。そして夏期休暇に会ったとき、モデルの仕事を紹介されたときと同じ表情だったから。


 「アキちゃん、あなたにも参加してもらうわ」


 …………でも、事情はちゃんと説明して下さい。




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