--02 「どうしたんですか?」 ていうか、そもそも何でここにいるの? この学園って、関係者じゃなくても入れるの? 俺の疑問に気づいたらしいエレナさんは、ファーティペットの毛足を指先で捻りながらニコリと笑う。 「セキュリティのことは譲二さんに指摘してあげなくちゃ。ここの守衛、西園寺家の名前を出したら、簡単に開けてくれたわよ」 あっけらかんと言うエレナさん。 おい、ここって金持ち坊っちゃん学園じゃないのか。セキュリティ完備、万全の設備じゃないのか。 「まあ、わざわざこんな辺鄙な場所へ出向くには、それなりの理由もあるのよ」 「絶対行かねぇ」 エレナさんの声に、重ねる勢いで言い切る司。傍目にはまったく噛み合っていないように思える会話は、二人の間では通じているらしい。 「困るわ」 「困れよ。マジで無理」 「主催が是非にと言っているの。大高坂家とは古い付き合いだし、将来的にも今から顔を合わせておきなさい」 「そういうの無理。やってらんねぇ」 「西園寺の次期代表として、出向きなさい」 それまでは幾分か柔らかいものがあった、エレナさんの口調が、凛とした物言いに変わる。 「私も呼ばれてるのよ。司個人じゃなくて、西園寺家がゲストとして招かれてるの。次期代表の貴方が来ないなんて許されない」 ピリ、と空気が張り詰める。 正直に言おう。帰りたい。 だって俺は、司のプリントを届けに来ただけなのだ。会話は意味不明だし、俺は明らかに第三者。プリントだけ渡して、帰っていいはずだ。そうだ、帰ろう。帰って中国語の勉強する。 「あの、俺失礼します」 手に持ってたプリントを司に押し付けて、一応挨拶をして。 さぁ部屋を出ようと後ろを向いたとき、それが俺の運の尽きだった。 「ぅぐえっ」 ぐい、とシャツの襟を引かれ、俺は部屋から出れずその場に留まる。 妙な方向に首をひねらせつつ、何とか振り向けば。そこには、何か思いついたように笑うエレナさんが。 つられて俺も笑顔に――なってみたものの、頬は引き攣った。 だらりと、背中を汗が伝う。 「………おい」 「司が首を縦に振らないから悪いの。もう遅いわよ」 「………分かったから、晶は連れてくな」 「私の考えは絶対よ。数分前の自分を悔やみなさい」 何となく、よくない方向に話が進んでいるらしいことは分かった。 だってエレナさんの顔が、我を貫く司の顔にそっくりだったから。そして夏期休暇に会ったとき、モデルの仕事を紹介されたときと同じ表情だったから。 「アキちゃん、あなたにも参加してもらうわ」 …………でも、事情はちゃんと説明して下さい。 [←][→] [戻る] |