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◇LIQUID AND SOLID
狂と慟哭


振り向きたくなかった。

できればこのまま走り去りたい!


だけど、脚は深くコンクリートに根付いていて、

ガクガクと膝が震えるだけだ。



動け! 動け!



「おい!裕平だろう、返事ぐらいしろ!」


突然肩をつかまれて体が反転する。


ふらりと重心はぶれたが、しっかりとつかまれた腕に支えられて倒れることさえできない。



離せ…離してよ…!



「触るなぁっ!」


肩に触れている手に我慢できなくなって、思い切り体を振り切る。


相手は何事も無かったかのように手を離したが、

裕平は無理やり体を動かしたせいで捕まれていた肩がもげそうに痛む。


くそっ! だからここには来ないようにしてたのに…!



「大層な挨拶だな。親に向かってその態度は何だ?あぁ?」



会いたくなかった、もう二度と。


どの口で親なんて言うのか…!


母さんはコイツのせいで碌な目に遭ってない。


毎夜毎夜飲んだくれて、母さんに絡んでいた。


夜中に突然奇声を上げたり、


勝手に高価な買い物をしてきたり。


一時は歓楽街に入り浸りだった。


だけど母さんが結婚したときはそんな事はなかったらしい。

エリートコースを突き進み、海外を飛び回る外資系の営業マン。



それがある日突然、飲酒による寝坊、果ては無断欠勤、子供に暴力、リストラ。


母さんは近所から悲劇のヒロインとして哀れみの目で見られ始めた。


でもそんなの建て前だ。

みんな、みーんな、面白がってるだけだった。


目の前で起こる、聞こえる昼ドラみたいなストーリー


家の中で家族と、家の外で奥様方と。


大変ねぇ。可哀想。

今度は何か割れる音がしたらしいわよ。

本当に?すごいわ、聞きたかったあ。


言うだけ言って。好き勝手に噂するだけ。

まぁそう思うのは当事者の身勝手な他人頼りかもしれないけど。


最悪だった。


何もかも。


友達なんか出来なかった。

みんなマスコミみたいな野次馬の目をしてた。


きっと僕が家の中の茶番劇を彼らに披露すれば、
それがその晩の話のおかずになったんだろう。



でも


母さんは強かった。


例えうっかり、話を聞きたがるでしゃばりオバサンに会っても、

ニッコリと笑って

「問題ないですわ」

と言うだけだった。

僕も外に内情をあけすけに話すような子供ではなかったから、

我が家は神秘のベールに包まれたままだった。

伺えるのは音だけ。


狂ったような男の慟哭と破壊音。


アイツの部屋に入ったことはない。

入る気もなかったし、



鍵が5つもついていたから。




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