小説
冷雨に刺されて/高桂
酷く冷え込んだ日だった。外は、刺すように冷たい雨が、まるで滝のように止むことを知らずに降り続いていた。
あまりの寒さに、人々は早々に家に引き上げ、通りには人っ子一人、見当たらない。
人影のすっかり無くなった通りを、高杉は一人、歩いていた。冷たい雨が、彼を刺すが、彼は一向に構いもせず、ただ、力無く歩いていた。
雨は、そんな彼を追い立てるように、地面に、彼に、突き刺さる。
とうとう高杉は、雨を凌ごうと、路地裏に入った。が、それでも雨は、彼に突き刺さる。まるで、彼を刺し殺したいとでもいうように・・・。
「殺してェなら殺せよ。」高杉は自分に雨を降らす空に向かって言った。
「お前も、オレが憎いだろ?」
その言葉とは裏腹に、高杉は力無くその場にしゃがみ込み、両腕に顔を埋めた。
鬼兵隊が・・・、また、壊滅した。幕府へのクーデターに失敗した挙句、逆に幕府に捕らえられてしまったのだ。
その日のうちに、全員が処刑された・・・ただ一人、隊長である高杉を除いては・・・。
「最低な隊長だよなァ。」
仲間を置き去りにして、逃げた自分を高杉は嘲笑した。
「アイツら、あの世でオレを恨んでやがる・・・。」
彼等は、高杉にとって、大切な仲間だった筈なのに・・・。
「また・・・、消えちまったなァ・・・。」
大切なものが、また一つ、手許から消えてしまった・・・。
最初に高杉の許から消えたのは、彼の人生の師だった。おそらく、彼が敬意を払う相手は、生涯、その人物だけだろう・・・。
次に消えていったものは、攘夷戦争で共に闘った、鬼兵隊だった・・・。この時も、助かったのは、高杉だけだった・・・。
そして・・・、流れゆく時の中で、彼の手許からいつの間にか消えてしまっていたのが・・・、幼馴染の銀時と、桂だった・・・。
「いや、消えちまったんじゃねェ。オレが消したも同然だ・・・。」
彼の言動が、彼の許から、銀時と桂を消してしまったのだ。そう、以前は恋仲だった、桂までもを・・・。
「ククッ。恋人の首を手土産に天人と手ェ組もうとなんざ、オレも堕ちぶれたもんだ。」
そう言いながらも、高杉は、ぎゅっと水気をたっぷりと含んだ自分の着物の裾を握り締めた。
「ホントに、何にも無くなっちまったなァ・・・。」
冷たい雨が、高杉を容赦なく刺す。
「殺せよ。いっそ死んだ方が楽かもしれねェ。」高杉は哀しげに笑った。
その時だった。
「高杉っ!」
雨音に紛れて、高杉は、その声を聞いたのだ。
「ヅラ?」
半ば驚きながら、高杉が顔を上げると、案の定、桂が路地裏の向こうから、こちらへ駆けてくるのが見えた。傘も差さずに。
桂は、ゆっくりと腰を上げる高杉の一歩手前で立ち止まると、高杉の顔を見た。
桂の顔は、紙のように蒼白で、長い黒髪と彼の纏う着物からは、雫が滴り落ちていた。
「良かった・・・。」桂は、ほっと安堵の息を漏らした。
「生きていてくれて・・・。」
桂のその言葉に、高杉はハッとした。
―オレの手許は、まだ、空っぽじゃねェ・・・。まだ・・・。ヅラが残ってくれている・・・。
高杉は、自分に抱きついてくる桂を、優しく抱きとめた。桂は、酷く冷たかった。
強く、彼を抱き締めると、ぽたぽたと水気を含んだ着物から、雫が落ちる。
―傘も差さずに、オレのコトをずっと捜してたのか・・・。
高杉は、自分の胸がぎゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。
「ヅラァ・・・。」
「何だ?」
「お前だけは・・・、オレの手許から、消えてくれるなよ・・・。」
―お前だけでいい・・・。だから・・・、ずっと・・・、オレの手許に、残っていてくれ・・・。
(2006/12/26 「蝶〜きままな猫〜」出展)
〈あとがき〉
また、高杉を可哀想な目に遭わせてしまいました・・・。
でも、彼には桂がいるので・・・平気かもしr・・・(黙れ、私。
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