[携帯モード] [URL送信]

小説
雨夜之月/高桂
未だ古都の面影の残る京の街角に、一人の男が姿を現した。
 男といっても、彼は、一見、女と見紛う美しい顔立ちに、長い漆黒の髪をしていて。
 人々は、すれ違うたびに、その美しさに見とれた。
 しかし、当の本人はそんなことには一切、気を止める素振りも見せず、何かを探しているように、せわしなく、歩を進めていた。

 彼は、被っている笠に手をやりながら、じりじりと照りつける太陽を振り仰いだ。時刻は、すでに正午を越えていた。

 彼は重く息を吐き、呟いた。

 「何処にいるんだ・・・、高杉・・・。」

 言うまでもなく、彼は桂小太郎だった。



 桂は、2年前の攘夷戦争が終わった直後に突然姿を消した高杉を未だに想っていた。
 高杉が突然姿をくらませた時、桂は暗い哀しみと絶望の底に落とされた。
 彼が、一体何処へ行ってしまったかさえ分からずに、一人、思い沈んでいた時、ふいに桂の耳に聞こえたのだ。
 あの夜、高杉が桂に言った言葉が・・・。

 ―「攘夷を貫き通すことに意味があるんだろーが。」

 ―「オレは、一生攘夷を貫き通すぜ。たとえ、この身が滅んでもな。」

 桂は高杉が攘夷を貫く為に自分から離れたのだとぼんやりと思った。

それから、この2年間、桂は幕府の目を盗んで攘夷活動を行っていた。

いつか、高杉に会えるということを信じて。



 「高杉晋助が京にいる。」

 その噂を聞いたのは、攘夷志士同士の会合の時。参加者の一人が、ふと漏らしたものだった。
 桂はそれを聞いて、いても立ってもいられなくなった。
 江戸での攘夷活動は山のように残っていたが高杉に会いたいという想いの方が強かった。



 桂は、一軒の古びた茶屋の前で足を止めた。
 そこは、江戸の攘夷志士達の間でも名の知れた、攘夷派の情報屋であった。

 桂が小屋の戸に手をかけるが否や、戸がパッと開き、若い女が姿を現した。

おそらく此処の主の娘なのだろう。女は桂を不審そうな目で見ていた。

 「怪しい者ではない。俺は江戸の攘夷志士、桂小太郎だ。」

 被っていた笠を取りながら、桂は言った。

 「あの桂小太郎?」

女は興味津々というように彼を見た。

 「何か御用?」

 「攘夷志士、高杉晋助を知らないか。」

 桂の問いに女はくすっと笑いを漏らした。

 「おい、何が可笑しい。」

 眉を顰める桂に女は笑いを堪えながら言った。

 「いいえ・・・。ただ、晋助様を御存知だなんて・・・。」

 「おい、知っているのか、そうでないのかどっちなんだ?」

 「もちろん、知っていますとも。」

 女は上目遣いに桂を見て言った。

 「あんなに素敵を御方を知らない女なんて京にはいませんもの。」

 「奴が今、何処にいるか知らないか。」

 「そうね・・・。あの御方のことだから、遊郭辺りにいらっしゃるのかもしれないわ。」

 その言葉に、桂は雷に打たれたように立ちすくんだ。顔から血の気がすぅっと引いていくのが自分でも分かった。

 「遊郭、だと・・・?」

 掠れた声で聞き返す桂を興味深そうに見ながら女は言った。

 「えぇ。晋助様は女遊びがお盛んなことで有名ですからね。」

 桂はあまりの衝撃に、身動き一つすら出来なかった。

―高杉は、もう、俺を必要とはしていない。忘れているのかもしれない・・・。

 桂は呆然とそう思った。

 「桂さん。」

蒼白な顔をして立ちすくんでいる桂に女は声をかけた。

「もしよろしかったら、晋助様の通っていらっしゃる店に案内いたしますけど?」

 それを聞きながら、桂は内心思った。

 ―今更会って、どうしろというのだ・・・。

 ―高杉は、もう、俺のことを忘れてしまっているのだ・・・。

 ―そんな奴に会っても傷つくだけではないか・・・。

 だが、それでも桂は高杉に会いたいと思った。

 一目だけで、いい・・・。自分が傷ついてもいいから、かつての恋人が幸せであるのかが知りたい、と強く思った。

 桂は深く溜息をつき、口を開いた。

 「・・・案内してもらえるか?」



 連れて行かれたのは、華やかな色町の中でも、一際派手で広大な遊郭だった。
 時刻は、既に夕刻を過ぎ、月が空を昇りかけていた。

 雲行きが怪しい。どうやら今夜は雨が降りそうだ。

 桂は、女についてその遊郭へ入った。

 桂が遊郭に入るや否や、遊女達が歓声を上げて彼にまとわりついてくる。

 突然の出来事に桂は仰天し、身を硬くした。

 「ウブな方なのね。」

 そんな彼を横目で見ながら例の女は笑った。そして、店主の元へ何かを聞きに行ってしまった。

 残された桂は、ただ、自分に絡みつく遊女達にオタオタしていた。

 「なんて綺麗な御方・・・。」

 桂の頬に手をやりながら遊女の一人が言う。

 「こんなに美しい髪を持っていらして・・・羨ましいわ。」

 別の遊女が桂の髪の一房を持ち上げながら溜息を漏らした。

 「放せ。」

 桂はそう言って、遊女達の手を払おうとした。が、それは余計に彼女達をまとわりつかせてしまう羽目になった。

 桂がどうしたらよいのか分からずに彼女達のされるがままになっていると、例の女が戻って来て、彼の腕を取った。

 「さ、行きましょう。」

 そう言って彼女は、ぐいっと桂の腕を引っ張り、彼は引きずられる様にしてその場を去った。



 やがて、人気の無い廊下に出ると、桂は女の手を振り払った。

 「あら。」

 女は桂を見ながら面白そうに口元を歪めた。

 「せっかく人が助けてあげたっていうのに、そんな態度を取られるの?」

 「助けてくれたことには例を言う。」

 廊下を進みながら桂は言った。

 「晋助様はここの廊下を突き進んだ奥の部屋にいらっしゃるそうです。でも。」

 そこで一端言葉を切って、女は笑った。

 「あまり、邪魔をなさらない方が宜しいかもしれませんよ。」

 桂は自分の胸がチクリと痛むのを感じた。

 「・・・そうか・・・。では、ここから先は俺一人で行く。世話になった。」

 桂は女に軽く一礼して廊下を進み始めた。

 ふと、窓を見ると、外は雨が降っていた。さっきよりも高いところに昇りつめた月は、くすんだ色を雨に反射させていた。

 ―そういえば、あの夜も雨だったな・・・。

 桂は高杉と最後に過ごした夜を思い出した。

 あの夜、嫌な予感がしたのだ。高杉が、自分の元から去ってしまうのではないか、と・・・。
 そうだったのなら、何故、あの時、彼を止めなかったのか・・・。桂は、それを後で何度も悔やんだ。
 もし、あの時、彼に縋りついて離さなかったら・・・。高杉は自分の元を去らなかったのかも、しれない・・・。

 そして、彼に忘れられるということもなかったのかもしれないのに・・・。



 ふいに、桂の耳に男女の喘ぎ声が聞こえた。

 「・・・あっ、い・・・いや・・・。」

 「ククッ・・・、まだ足りねーよ・・・。」

 耳に入ってきた男の声は紛れも無く高杉の声だった。

 廊下の一番奥の部屋の戸は開け放たれたまま、男女が布団の上で絡み合っている・・・。

 しかも、その男は、間違いなく・・・。

 「たか・・・すぎ・・・。」

 衝撃と絶望が桂の胸を突き刺した。

 ふいに、桂の漏らした声が聞こえたのか、高杉が顔をこちらへ向けた。

 その途端、雨にくすんだ月の光が弱々しく、蒼白な桂の顔を照らし出した。

 高杉の包帯で覆っていない方の瞳が驚きで見開かれる。

 「ヅラ・・・!?」

 二人は、長い間見つめ合っていた。が、今まで高杉に抱かれていた女が身を起こしながら言った。

 「ちょっと、晋助様!?一体・・・―」

 女が全てを言い終えないうちに高杉は彼女を怒鳴りつけた。

 「っせーな!テメェは邪魔だっ!出てけ!」

 高杉の一喝に女は乱れた着物を羽織り、啜り泣きながら部屋から走り去っていった。

 桂は何故、高杉がそんなことをするのかが全く分からなかった。

 追い出されるべきなのは女ではなく桂なのに・・・。

 

 桂は涙がこみ上げてくるのを必死で堪えた。それは、おそらく会いたいと切望していた高杉に会えた喜びと、
 自分はもう、彼から必要とされていないのだという哀しみの涙なのだろう・・・。

 「ヅラ・・・お前、どうしてこんな所にいんだよ?」

 乱れた着物を軽く整えながら高杉が言った。

 「・・・いいのか?」

 思うよりも先に言葉が出ていた。

 「あ?」

 「・・・俺を追い出して、さっきの続きをすればいいではないか・・・。」

 桂は今にも目から溢れ出しそうな涙を見せまいと、高杉から顔を背け、続けた。

 「この2年間、ずっと通い続けていたのだろう?それほどまでにお前はあの女を好・・・。」

 「はっ、何言ってんだ、お前は。」

 桂は全てをいい終えないうちに、高杉がそれを遮った。

 高杉は腰を上げると、桂の元へ歩み寄り、再び口を開いた。

 「ヅラ、オレがいつあの女が好きだって言ったかよ?」

 「お前が言わなくとも、分かりきったことではないか。」

 だんだんと涙声になりながら桂は言った。

 「お前は・・・、もう、俺を必要としていないのだろう・・・?」

 

 ふいに、桂は高杉に引き寄せられ、気が付くと桂は高杉の胸に顔を押し付けていた。
 その温もりが懐かしくて、今まで堪えていた涙が一気に溢れ出た。

 自分の胸にしがみついて泣き出す桂を抱き締めながら、高杉は言った。

 「ヅラ、勘違いするなよ・・・。オレはな・・・、オレの目指している攘夷は常に危険が伴うと思ったんだ。
 だから、そんな危険にお前を巻き込みたくなかったんだよ。」

 桂を抱き締める腕に力を込めながら高杉は続けた。

 「お前から離れてから、オレはお前に会いたくて堪らなかった。自ら決めたことなのにな。
 だから、オレは女を抱いて、お前を忘れようとした。」

 桂はゆっくりと顔を上げ、高杉を見た。その黒い瞳が涙で潤んでいるのを見ながら高杉は続けた。

 「だがな・・・。やっぱりお前を忘れることは出来ねーみてェだな。」

 桂は再び涙をこぼした。

 自分の肩に顔を埋める桂に高杉は苦笑した。

 「ヅラ・・・。お前、泣き虫になったな・・・。」

 桂は何も言わず、ただ声を押し殺して泣いていた。

 そんな桂を再び抱き締めながら高杉は言った。

 「今まで、ずっと我慢してたんだな・・・。いいじゃねェか。オレの前でなら泣いてもいいだろ?な、ヅラ?」

 「・・・いたかった・・・。」

 桂は泣きながら声を漏らした。

 「あ?」

 「会いたかった・・・。」

 桂はぎゅっと高杉にしがみ付いた。

 「悪かったな・・・。オレがいなくて辛かったんだろ?だが。」

 桂の髪を優しく撫でながら高杉は続けた。

 「これからは、ずっと一緒だからな・・・。」

 高杉のその言葉を聞いて、桂は顔を上げた。その瞳からは未だ、止まることを知らない涙が溢れている。

 「ヅラ・・・、愛してるからな・・・。」

 その言葉に、桂の瞳から一層大粒の涙が溢れ、頬を伝う。

 高杉は桂の涙で濡れた頬に手をやった。

 

二人の視線が絡み、ゆっくりと、唇が重なる。

 雨にくすんで照る月が、地平線の彼方へ沈むまで、高杉と桂は固く抱き合い、口付け合っていた。





〈あとがき〉

 「霧雨霞月」の続編です。高杉の口調がやっぱり分かりません。

 番外編もあったりします。

  女がワラワラ・・・。ウブな桂を書くのが楽しかったり。

 高杉は結構女遊び激しそうですよね。でもやっぱり桂が一番好き〜って感じでしょうか。

  次回の高桂は3Zが書きたいです。3Zネタは大好物です。



[前へ][次へ]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!