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『鴻…』

「何?」


 再びジリジリと迫ってくる“始”に、壁を背後に取り私は呟いた。
 移動できたとはいえ、辿り着いた先が壁なんて。リングのコーナーに押し付けられたのと何ら変わらない。

 鴻は息一つ切らさずに、“始”を見据えていた。飛び掛かってきたところを吹き飛ばす算段なのだろう。
 この学園でそんな芸当ができるのは後にも先にも鴻くらいなもんだ。

 ところで、戦闘手段が素手なのは、間違いなく武器に成るような文字を書けなかったからだ。
 ある意味で期待を裏切ら無かった彼女に拍手を送りたい。
 それと同時に泣きたい。


 だが、この状況、ひいては此処での生活を乗り越えるには彼女の力が必要な事も事実である。

 だから、私は望んだ。


『鴻、後は任せた』

「え………あ、嗚呼…成る程」


 私が望む。それに、不可解とぼやきかけた彼女は私の意を察したのか、“始”へ駆け出した。


 そのタイミングで、私は言い放った。


『刀』


 途端に、走る鴻の正面に文字が浮かび、形を変え、形作った。

「琳、流石っ!」


 具現化した物を掴んで、鴻は嬉々とした声を上げた。 そのまま、それを振る。

 其の空間が赤黒く染まった。


 手紙には、“本”と文字を書けという指示があった。加えて、本を開いたら文字を望めと書いてあった。

 私はそれに従い、本を出し、開いて“刀”と言った。勿論、刀を望んだ。


 そして、刀は鴻の前に現れた。
 刃と柄しかない、長大なそれは野太刀と呼ばれるものだ。
 通常、重すぎて容易に振り回せないそれは馬に乗って用いられる。

 けど、鴻にそんな常識は通じない。彼女はあらゆる武器を使いこなす。


 結果、数分の後、先程まで四面楚歌だった状況は一変し、赤黒い水溜まりと肉片が散らばるだけの安全な状況に変わった。

 鉄臭い赤い水溜まりに刀を突き刺し、仁王立ちで赤く染めた制服の袖を使い口許を拭う鴻の姿は、頼りになるものの、狂気を孕む様で、恐怖さえ覚えた。

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