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学園伏魔殿



「…遠い…」


 一つ坂を上った先で琳はうんざりしたように、嘆息した。

 下を見れば、先程居た学校が小さく全貌を曝している。
 コの字型の建物に、それを囲む様に古木の様な色の土で均された校庭が広がる至って普通の学校である。
 校庭にいる生徒が挙動不審な蟻に見えた。


 方向を変え見上げれば、鬱蒼と並び立つ木々に挟まれる様に伸びた道の先に、鐘を失くした教会の尖塔の様な建物が見える。

 はあ…

“忘れないで”


「…ぅえ!?」


 大きな嘆息をしたのも束の間、琳は瞳を見開き、辺りを見回した。


「何?」

 微かに声が聞こえた気がした。それに、一瞬、薄桃色の物が視界を過って、桜の花の甘い香りがした。
 それに、既視感のようなものを覚える。

 しかし、辺りを見れば、木と道しかない。
 勘違い、だろうか。
 突然の事に弾むように乱れた呼吸を清冽な空気を吸うことで調えた。

 誰もいないのに、声が聞こえる筈がない。


 琳は小さく頷き、坂を上り始めた。
 道の両端に並ぶ木々が道を影で覆っている。鋭い日差しも此処だけは不可侵条約でも結んでいるかの如く、細やかな抵抗と見える途切れ途切れの光しか見えない。

 一瞬で昼が夜に還ったかのような場所だった。


 それも、暫く歩けば、また光を取り戻す。
 襲いかかる様に飛び込んできた光に琳は思わず目を閉じた。

 次第に目も慣れ、風景の判別がつき始めた。



 整備されずに放置されていることが一目で分かる、枯草や枯葉の絨毯に覆われた空間が現れ、その中心に、今では見慣れた古ぼけた建物が佇立している。
 西欧の片田舎にありそうな小さな教会である。
 そのこじんまりした様相からは、数年程前まで人の転換期を担う儀式に使われていたとは到底想像できない。

 入り口はニメートル程の大きさの上部がアーチ型の扉で、両開き式である。その前に階段が数段ある。

 中は埃に覆われ、祭壇の置いてある空間を取り囲む様に半円形に段差が拵えてあり、扉から祭壇への通路だけが平坦なスロープになっている。


 …以前はよく鴻との集合場所にしていたなー。

 最近は…うん。部屋で漫画読んでるな。楽だし。
 むしろ、集合場所が私の部屋になったのか。


 ぼやけた視界を、入口付近に集中させると、扉の前に腰掛けた耳の辺りだけを長く伸ばし、他は男の様に短い茶髪の少女が右手を上げて立ち上がった。
 くっきりとした瞳が湿り気を帯び口が大きな弧を描く。
 瞬間、その少女、椋月鴻は琳へと駆け出した。


「…ん?」


 普段とは何か様子が違うその姿に琳は首を傾げた。可笑しいのは鴻の左手付近である。

 見慣れない一匹の白い猫がぐったりとした様子で抱き抱えられていたのだ。


 

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あきゅろす。
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