01 あの日、あの時、あの場所へ行かなければ、俺の恋は時を止めることはなかったのだろうか。 チュンチュン小鳥が鳴く。 太陽が昇り朝を伝える。 起きて顔を洗う。 冷蔵庫を漁り適当に朝食を食べる。 歯を磨き、服に着替え家を出る。 これが俺の1日の始まり。いつもと変わらない、変えようとも思わない1日。ただなんとなく、過ごす始まり。 電車に揺られバイト先のカフェへと向かう。 今日は新人バイトが入るから少し早めに来いよと言われて居た事をすっかり忘れていた俺はいつも通り7時58分発の電車の中に居た。満員電車が苦手な俺はイライラしながら運良く空いた席へ座る。携帯を開きキミ君へメール。 今日いつもと同じ時間に着く それだけ送りリュックを抱え頭を埋める。新人さん、男かな。男だったらいいな。そんなことを考えながらため息を吐いた。 「おはよう、ございます」 「おはよう。相変わらず眠そうだな」 「そう」 店長の言葉を軽く流し、コーヒーメーカーのスイッチを入れ、コーヒーをカップに注いだ。 「…凌、店のモン飲むなって言ってるだろ」 「俺が入れたから、俺のモノ…」 「ったく、何回言えば」 「変わらない」 店長の言葉を遮り、一言それだけ言うとコーヒーを飲む。体が温まる気がした。 「そういえば、新人は?」 「あぁ、今買い出し行ってもらってる。発注ミスで野菜が足りねえんだ」 「ふうん。今日も、ヒマ?」 開店してまだ時間は経っていないがお客は一人も来ていなかった。 「うるせぇ!仕方ねえだろ」 「うん、わかってる。たぶん…今日もヒマだねぇ」 「嫌みかゴルァ」 お客が来ないのも、嫌みを言うのもいつもの事。 いつもと違うのは、今日新人さんが来るということだけだった。 カランカランとベルの音がした。 「いらっしゃい。あ、シキちゃん」 ドクンと心臓が大きく動く。止まったはずの時間が一瞬、過去に戻った。 しき…シキ…四季。 わかってる。別人だってこと。でも名前を聞いただけで鮮明に蘇る記憶。 「ただいまです!なんか八百屋のおじさんと仲良くなって野菜、安くいただいちゃいました」 「お、偉い偉い」 涙が溢れそうになった。あぁ、もう。 「キミ君…しきって…?」 「あぁ、ほら、さっき言ってた新人さん」「そっかあ。…君、しきって言うの?」 「あ、はい!初めまして凌さん」 「…よろしくね。名字は?」 「ヒマだねぇ」 「暇だなあ」 さらに1時間。いつもなら5組くらい入っていてもおかしくない、時間。俺は重大な事に気付いた。 「キミくんキミくん」 「んぁ?」 「看板、出し忘れた」 「・・・」 「…」 「・・・」 「…」 「シノグクン?ナンテ?」 固まり俺の顔をじっと見る店長に一言。 「看板、出し忘れたの」 「テェメー!何しとんじゃワレェ!」 「だっしゅ」 「当たり前じゃあ!」 「違う、キミくんが」 コーヒーをずずっと啜り入り口を見る。店長はダッシュで入り口に向かい看板を出した。ほっと息を吐く店長はたった一瞬で老けたように見える。 「お疲れ」 頭をポンポン撫でてコーヒーを啜る。店長と目が合った。そして、嫌な予感。 「・・・凌、バツとして販促してらっしゃ」 「いやだ」 「…今までのコーヒー代払うか?」 「イッテキマス」 今までのコーヒー代を払うなんて、無理だ。だって初日から2年間飲み続けているんだ。そんな大金皆無だった。 店の前の大通りを歩く人。適当に声をかける。 「…お姉さん、寄っていきませんか?」 店を指差し二人組の女性に声をかける。淡々と表情も変えずに話したせいか一瞬女性の眉間にシワが寄るが、俺の顔を見てすぐに笑みを浮かべた。 「…君がコーヒー淹れてくれるの?」 「はい」 「じゃあ、少し寄っていこうかな」 「ありがとう、ございます」 女性二人組を店へ連れて行く。店長はベルの音で客が来た事を悟りお客様用の笑顔を浮かべた。それはもう、誰から見ても格好良い笑顔。 「いらっしゃい。席はどこがいいかな?」 「ぁ…じゃあここで」 カウンターを指差した客に店長は一瞬眉間にシワを寄せる。が、すぐ笑うと優しく問いかけた。 「カウンターで良いの?」 「はい」 「そう。じゃあはい、メニュー。決まったら呼んで頂戴」 二人にそれだけ言うと店長はうっすら笑みを浮かべ、俺がさっき飲み終えたコーヒーの入っていたカップを洗い丁寧に拭く。この表情が好きだ。本当にコーヒーも、カップも、この店も、全て愛しているとわかる顔。お客様用の笑顔よりも愛を感じられる。 「あの…」 「はい。お決まりですか」 呼ばれ二人の元へ歩く。 「はい、カプチーノと、ウィンナーコーヒー、それからサンドイッチセット2つください」 「かしこまり、ました。キミくん、サンドイッチセット2つ」 「了解」 ベルが鳴る。いらっしゃいませ、と声を上げ入り口を見ると女性が1人、立っていた。 ←*#→ [戻る] |