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約束のお昼休み

「あ、ユキ来てくれたんだ!」

朝は雨だったのに昼には晴れていた。
音楽室の鍵は開けていた。約束を忘れていたわけじゃない。むしろちゃんと覚えていて、彼が来るのを待っていた。

彼の隣はこんなにも心地いい。彼が来た途端私の心も空のように晴れた。

【また、きたよ】

カツカツ黒板に言葉を書く。

「ユキは字、綺麗だよね」

彼は床に仰向けで寝転び、手を上に上げた。その手にはギターの楽譜。

【そうかな】
「今日は何話そうか」
【なんでも】
「あ、紅葉って奴わかった?」
【わかんない 教室では誰とも話さなかったから】
「ユキは美人だよね」
【そんなことない】
「ユキ、かあ。そういえば今年は雪早く溶けちゃった」
【東京は雪、降らなかった】
「あ、消しちゃだめ!」

彼は全く私の言葉に答えず自分の言いたいことを言い続けた。黒板の真ん中、1/3が言葉で埋め尽くされたところで彼はそう言って床から立ち上がった。

「ユキの字はしっかりしてて好きだ。センセイたちよりもずっと、綺麗」
【アリガトウ】
「ユキ、今日は紅葉のギターでウタウから、お前ベースでウタエよ」

歌う、か。
彼の名前は忘れた。
でも、あの感覚は覚えてる。声を出す、心から歌う感覚は覚えてる。

【うん。君となら、歌える】
「…俺の名前は一ノ瀬陸だよ、せっちゃん」


彼は自分の名前を言い、私が持っていた黒板消しを左端に置くと、私があらかじめ開けておいた準備室に入った。

【名前、知ってたんだ】
「兄貴達に聞いた。海と空。双子でせっちゃんと一緒のクラス。せっちゃん名前違うって言ってくれないんだもん」

黒板を見ながら足を止めた彼の両手にはギターとベース。私はベースを受け取ると、準備室に再びしまった。

「せっちゃん?」

ベースをしまった私に不安そうな声を上げた一ノ瀬くんにドラムのスティックを見せ、黒板に文字を書く。

【今日はドラムの気分なの】
「そっか!今日もONEでいい?」

頷き音楽の一番後ろにあるドラムに座る。

「このドラムはね、海兄のなんだ。学校のドラム使ってたんだけど、破れちゃって海兄が毎日1つづつ太鼓持ってきたの」

破れるほど古く使われなかったドラムがなんだか可哀想だった。軽く叩き音を確かめる。

「いい?いくよ、ワン、トゥー、スリーっ」

曲名は聞いてなかったけど、私が叩きはじめてわかったらしい一ノ瀬くんはギターを弾き、歌い出した。歌わず、ただがむしゃらに叩くのは気持ちよかった。一ノ瀬くんの声も澄んでいて気持ちよかった。頭にすうっと入ってくる声。
途中、

「せっちゃんがーバンドに入ってくれるよう願い続けるよー」

そんな風に替え歌した一ノ瀬くんに思わず笑ってしまった。

「はあ、疲れたー」
【お疲れさま】
「せっちゃんもねー。てかカンドウした!せっちゃんのドラムね、しっくりくるの!本当は、歌って欲しかったけど、せっちゃん今日調子悪いみたいだし、機嫌悪かったみたいだから、俺が歌った!ど?ど?」
【なんで、調子ときげん悪いって思ったの?】
「あれ、俺のウタについてはスルー?ま、良いけど。んー、本能?」

本能なんて、馬鹿っぽいけど、一ノ瀬くんには合っていた。
だって一ノ瀬くん馬鹿っぽいし。

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