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03


「よし、ご飯にするか」

その声で私たちは席についた。

ご飯を食べているときわかったことがある。一宮先生は椿さんより確実に立場が上だということだ。

「それとって」
「醤油か?」
「あぁ」
「ったく…はいよ」

とか

「あれとって」
「…リモコンか?」
「あぁ」
「ほら」

とかそんな会話を繰り返していた。椿さんはせわしなく動き回り一宮先生は椅子に座りご飯を食べながらテレビを見ている。「それ」や「あれ」としか言わない一宮先生にも呆れるけど、それだけで通じてしまう椿さんにも呆れた。
私はそんな不思議な関係の二人をぼうっとただじっと眺めていた。

『ごちそうさま』

一番最初に箸を置き手を合わせたのは私だった。
ご飯は半分以上残っているし、おかずだって半分くらい残っていて、申し訳なく思った。椿さんはいつもの事とわかっているから私が残したご飯やおかずを私から受け取ると何も言わずに食べ始めたけど、一宮先生は椿さんの腕を掴んだ。

「待った、桐原さんもう食わねえの?」
「雪那は少食なんだよ。前、無理に食わせたら戻しちゃってさ」ははは、と笑う椿さんに余計な事言うなという意味を込めて睨む。椿さんは苦笑いしながら私の頭を撫でた。

「…いや、そうなのかもしれないけど少ないよ。もう少しだけ食べよう」
『無理ですよ。おなかいっぱいです』
「なんて言った?」

頑固な所も、声が出ないと会話すら出来ない事も、なにもかも苛ついた。

『むりです』
「いや、無理でも食べよう。栄養失調で倒れたり、貧血、目眩とか絶対起きるよ。それからさっきから思ってたけど痩せすぎ。腕とか足とか細すぎるよ」

痩せすぎなのはわかっているし、栄養失調で倒れたことも貧血、目眩、立ち眩みで倒れて病院に運ばれたこともあるから食べなきゃいけないってわかっているけど食べられないんだから仕方ないじゃないか。

『…もう、寝る』
「えあ?」
『…もういい』

明日からは紙とペンを用意しよう。
そして、もう口は動かさない。ゆっくり話しても、椿さんにも一宮先生にも通じないから。
ドアをバタンと閉め、自分の部屋に戻った。

『あーいーうーえーおー』

声は出ない。ヘッドフォンで両耳を塞ぎピアノの音量を半分まで上げ、ONEの今日を弾く。
もうピアノのメロディー以外何も聞こえない。それがひどく心地よくて、ひどく気持ち悪かった。

『歌いたい』

神様、話すための声はいりません。
自分の思いを伝えるための、歌うための声だけください。もう一度、歌いたいんだ。
ギターを磨き、ピアノを拭いてギターを抱きながら眠りについた。
ひどく寝心地の悪い夜だった。



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あきゅろす。
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