9
手枷の次に外されたのは目隠しだった。
ひさしぶりの光は眩しすぎて、しばらく目を開けたり閉じたりを繰り返す。
やっと目が光に慣れて男を映す。
うねるような髪の毛は、後ろでまとめられ、眉は下がり口元にはほくろがある。
細身の男だった。
背は、そう変わらない。
じいっと男を見つめる。どこかで、会ったことがあるような気がした。
けれどそれよりも、荒北にとって衝撃だったのは、男が思っていたよりも若いとか、そう言うことではなかった。
「色が、」
行為のとき以外使われなかった喉から絞り出した声は、笑える程震えていた。
だって、わからないのだ。
目に写るものに、一つも、色が見えない。
モノクロ写真を見ているみたいに。
「色が、見えねえ…」
「靖友、こっち」
機械越しではない声が鼓膜を叩く。ハッとして男を見れば、愛おしげな目で荒北を見ていた。
初めて聞く、男の声。
はじめて、だろうか。何故だか記憶の琴線に触れたような気がしたけれど、男が腕をのばして来たから、その感覚はすぐに霧散した。
ぎゅう、と男の体温が体を包む。
行為中にのしかかられたり、上に乗せられたりしたけれど、正面から抱き合うのは初めてだった。
不思議と恐怖はなかった。
ただ、心地よかった。
ぽんぽんと子供みたいに背を叩かれて、とろりと眠気が襲ってくる。
この部屋に来てから、荒北の生活は本能のまま過ぎていく。
眠くなったら寝て、お腹がすいたら食べ、排泄をし、性欲を発散する。我慢を強いられるのは行為の間だけ。
荒北は本能に抗うことをすでに放棄していた。
すんすん、と男の首筋に顔を埋めて鼻を鳴らせば、くすぐってえよ、と男が身じろいだけれど、止めろとは言われなかったから、思う存分堪能し、頭をすりつけた。
「犬みてえだナ」
面白そうに男が笑う。こんな風に笑うんだな、とへたくそな笑みを見て思う。
あれほど感じていた恐怖が、さっぱり消えていた。
むしろ、執着すら感じ始めていた。
(これは、俺の)
この部屋には荒北と男しかいない。
荒北を好き勝手して、作り替えたのはこの男だ。抵抗する意思を削ぎ、男に抱かれて悦ぶ体にした。
あれほど逃げたいと思っていた気持ちは、消えてしまった。
今更飽きたと放り出されたら、荒北はどうなってしまうのだろう。
きっと、男を殺して、自分も死んでしまうのだろうと思った。
眠気で力の入らない体を、男がベッドに横たえる。
「…スんの?」
「寝とけ、また夜にくるから」
「ん」
肌触りのいい布団をかけられ、ぽんぽんと腹の辺りを叩かれる。それは行為の時になでる仕草に似ていたけれど、不思議といやらしさはなかった。
がちゃりとドアにカギがかけられ、部屋がしんと静まり返る。
寝てばかりだなと思ったけれど、やはり眠気には勝てなかった。
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