6
面倒なことになった。
腹の底からため息を吐きたいのを堪えて、しびれた足から意識をそらす。
そっちに行くから遊ぼうと新開からメールが入っていたのをすっかり忘れて、××と朝まで過ごし気付いたら遅刻寸前。
間に合わないと青ざめる荒北に、遠いなら送るよ、と××の厚意に甘えてしまった結果がこれだ。
普段滅多に時間に遅れない荒北が、集合時間を過ぎても連絡一つよこさない。
不審に思い、何度か連絡をいれても繋がらず、来たと思えば、親しげな様子の見知らぬ男に送ってもらっている。
まずったなあと思えど、見られてしまったものはしょうがない。
心配そうな目をした××に手を振って、新開達のもとに足を向ける。
で、そこからカラオケの個室に引っ張り込まれて正座させられ、説教だ。
福富と新開とはレースで何度かあって話をしていたけれど、東堂と会うのは卒業して以来初めてだ。
なつかしいな、と説教を聞き流しながら思う。
だいたい、時間に遅れてしまったことはとうに謝ったというのに、何がそんなに不満なんだこのデコは。
零れそうになる罵声をぐっと堪える。
言い返せばそれだけ長引くとわかっているからだ。
ある程度言って気がすんだのか、東堂はドリンクバーに行ってくる、と部屋を出て行った。
はああ、と大きな溜息が漏れる。
と、隣からこらえきれないとばかりの笑い声が聞こえた。
「ナァニ笑ってんだヨ」
「いやあ」
曖昧な笑いに腹が立って、立ち上がったついでに新開の頭をはたく。
正座していた床からソファにごろりと横になれば、とろりと眠気に襲われた。
まだ笑う新開に、癖になった溜息が漏れた。
「そんなに溜息ついたら幸せが逃げるぜ」
「っせ」
もう逃げてるヨ、と我関せずとメニューを真剣に見ている福富を見やる。
凛々しい顔。会うたびに格好良くなっていく。
新開は少し大人びたように思う。
東堂は、やかましいのも懐に入れた人間を心から案じるのも変わらない。
ふと、ずっと気になっていたことを思い出す。
「新開と福ちゃんってサァ」
眠気で間延びした口調になったことは許してほしい。
ん?と一緒になって覗き込んでいたメニューから二人が同時に顔を上げて、思わず笑う。
「どっちが女役やってんノォ?それとも、まだヤってな、」
「や、やすとも!!!」
「ッ!?」
ニヤニヤと好奇心を隠しもせずに、言いつのろうとした荒北は、直線鬼さながらの素早さで向かってきた新開に勢い良く口を塞がれた。
両手を使って口を塞いでくる新開の顔は真っ赤で、肩ごしに見る福富の顔はぽかんと間が抜けて、一拍後にはりんごみたいに赤く染まる。
(っえ、まさかダロ)
口にあてられた手はじっとりと汗をかき、幽かに震えている。
力の抜けた手を外すことは簡単で、自由になった口で思わず叫んでいた。
「ウッソ、まだヤッてねえの!?」
「靖友!」
勘弁してくれ、と力なく答える新開は心底照れているようで、福富にいたってはもう放心状態だ。
それでも二人がまだ関係を持っていなかったことに驚きすぎた荒北は、二人の様子に気を遣る余裕などなかった。
だって、とっくにやっていると思っていた。
幼なじみで、中・高・大と一緒で、ずっと共に競技を続けて、今だって同じ寮にすんでいて、それで、プラトニック。
「キス、はしてたよナァ」
「な、なんで知って」
「ア?部室でしてたろ、東堂も知ってんヨ」
「え、まじ」
「マジマジ。で?抜きっことかは?」
「靖友ホント勘弁してくれ、爆発する」
箱学時代、不運にも二人のキスを見てしまった時、荒北は心が壊れるんじゃないかと思うくらいショックを受けた。
それくらい、あの時の荒北は福富のことが好きだった。
だからこれは、ある意味で意趣返しだ。
今の荒北は、金城が好きだ。
だから、あの日傷ついた自分を癒すために、ちょっとからかうくらいいいじゃないか。
自慰くらいしているだろうと尋ねれば、新開は照れ過ぎて首まで真っ赤になった。
どんだけ純情なんだヨ、と呆れる。
「童貞かよ」
「悪いか」
ムッとした口調で返された言葉を初めは理解が出来なかった。
どうてい。童貞?
「ハッ?!おま、彼女いただろ、福ちゃんと付き合う前!」
「いたけど、部活漬けでそんな暇ねえよ!今も!だからまだやってない!!」
彼女いたのに、という荒北に、ムキになった新開が言い返す。
福富はもう固まったまま動かない。
なおも言いつのろうとした二人は、ドアが開く音にハッと意識を戻した。
「…お前ら、外まで聞こえてるぞ」
本格的に喧嘩になりそうな荒北と新開を止めたのは、両手に飲み物を持った東堂だった。
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