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福富の色だと思っていたビアンキのチェレステカラーが、荒北の色になったのはいつからだろう。
荒々しい走りのせいで傷だらけの車体は、それでもきちんと整備されて、大切に扱われていることが分かった。
自分のとは位置が違うサドルは勝手が違ったけれど、ゆっくりと坂を下って、コンビニへと駆ける。風が冷たい。手袋をしてくるんだったと後悔しても後の祭りだ。
やっと辿り着いたコンビニでスナック菓子をカゴに放る。どうせだからと新商品もあれこれ物色し、何か飲み物も買おうと紙パックのジュースも手に取る。1リットルでたったの100円なのだから財布にやさしい。
ふ、と隣のスイーツコーナーに目が留まる。
新開は普段甘いものばかりを好んで食べているわけではない。スタミナを維持するためにパワーバーやカロリーの高いものを食べるようにしているけれど、チョコはビターの方が好きだし、しょっぱいものや辛いものだって好きだ。
どちらかというと、福富の方が甘い物好きだろう。ああ見えて好物はアップルパイなのだから、人は見た目に寄らないよな、と新開は思う。
そして確か、荒北はプリンが好きだ。
プリンならどれでも良いわけではなく、それなりにこだわりがあるらしい。
柔らかいプリン、たとえばとろけるなんて銘打っているものは邪道だと言っていた。かためでちゃんと卵の味がしなければプリンじゃない、とまで言い切っていたのだから相当だ。
そんな荒北が、これは食える、といっていたプリンが目の前にあった。荒北の食えるは美味いと同義だ。
自転車のお礼に、と一緒に購入してコンビニを出る。きたときよりも風が冷たくなっている気がして、ぶるりと震えた。
耳当てもした方が良かったかもしれないと後悔しながら、行きよりも心持スピードを上げて、…とはいっても上りだから時間がかかったけれど、寮を目指した。急いだからか、服で隠れた部分はぽかぽかと暖かい。
けれど風を浴び続けた手や顔は寒さでかじかんで真っ赤になってしまった。
ビアンキを片手に荒北の部屋に急ぐ。コタツが恋しい。
右手にビアンキ、左手にお菓子を持ったまま、何とかドアを開け、ただいまと口にする。
おかえりィと顔を上げた荒北は、耳と手を真っ赤にした新開にぎょっとして、寒くねえの、と言うのだから、新開は寒いよ、と思わず笑ってしまった。
「これ自転車のお礼」
「あんがとネ。あ、これ」
「前好きだって言ってたの思い出してさ。頭つかったら糖分って言うだろ」
「食べ物のことはよく覚えてんなァ」
あきれたように言う荒北に笑顔を返して、コタツにもぐりこむ。天国だ。
「ノルマは?」
「あと一問」
「早く解いて俺に構えよ」
「ワガママチャンかヨ」
おかしそうに笑う荒北はだいぶ機嫌がいいらしい。得意分野の問題は数分もかからずに解き終わり、荒北はプリンに手を伸ばす。
新開もがさがさと袋をあさり、新発売のブリッツの封を開ける。
「それ何味?」
「イカスミトマト」
「イカスミなのかトマトなのかどっちだよ」
「なんか黒いけど普通のトマト味」
ん、と一本口元に持っていけば、おとなしく口を開いて咀嚼する。
なんだか牧場のふれあいコーナーを思い出して、ほっこりした。
ナニ笑ってんだよ、とにらまれたけど、美味しい?ときけば、ふつーと言いながら、目を細めるのだからたまらない。
「やっぱここのプリンだな」
満足げに笑う荒北に、新開は買ってきてよかったと心から思った。
寒い思いをしたけれど、勉強で疲れた荒北がほっと一息つけたなら、うれしい。
行儀悪くコタツに頬をつけてブリッツをほおばっていた新開の目の前に、ふと影がさす。目線をやれば、一口分のプリンが乗ったプラスチックスプーンが差し出されていた。
えっ、と荒北を見やれば、いたずらっ子のように、ニヤニヤと笑っていて、一気に頬に寒さではない朱がさす。
「頑張った新開チャンにごほーび」
いらない?と首を傾げる荒北に、反射的にいる!と叫び返せば、荒北はこらえ切れないとばかりに大笑いした。少しムッとしながらも、かまってと言った新開の言葉を覚えていてくれたことがうれしくて、すぐに頬は緩んでしまう。
口の中に控えめな甘みが広がる。
普通のプリンなはずなのに、今まで食べたどんな食べ物よりも、美味しいと思った。
目の前には笑顔の荒北が居て、こうして些細なことで笑い合えることが何よりもうれしい。
でも、年が明けて、受験が終わって、荒北が第一志望の大学に合格したら。
そうしたら、新開と荒北は離れ離れになってしまう。
こんな風に会いたい時に気軽に会って、毎日顔をあわせることもなくなるのだろう。それが少しだけ寂しいけれど、なぜだか大丈夫だろうなと思った。
喧嘩だって数え切れない位したし、これからだって些細な争いごとも大喧嘩もするだろう。顔が見えないことに不安だって覚えるかもしれない。
それでも、こうして何でもないことで笑い合えるのなら、そばに居て幸せな気持ちになるのなら。
きっとずっと、二人で歩んでいくんだろうと新開は思った。
荒北もそうであってほしいな、と新開は笑った。
end.
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