私を通して、他の誰かを見ていることははじめから気付いていた。髪が綺麗、睫が長い、華奢な矮躯だ。そう言って貴方は笑うから。
委員会で泥だらけになった私には見向きもしない癖に、湯浴みを済ませたばかりの汚れひとつない私には睦言ばかり繰り返す。
気付かない方が愚かだ。
知っていてなお諦めきれない私はもっと愚かだ。
私を通して、貴方の目は誰を見ているのだろう。
貴方の目は射るようにどこか遠くを見ているのに、その先を悟らせることは終ぞない。
夜半の月は綺麗だと、柄にもなく風流なことを貴方が言うものだから驚いて、けれどこんな夜は酒が美味いなどと言うからやはり貴方らしいと、つい口端を上げてしまったことに気付かれただろうか。
知っていますか、ねえ貴方。月にはうさぎが住むそうですよ。
今日下の子達が言っていたのです。
餅を搗(つ)いては歌を歌い、毎日愉快に暮らしているのだと。
月には美しい天女もいて、現世(うつしよ)に行く算段も立てているのだとか。
ええそうですね、まだまだ可愛らしい盛りです。生意気盛りもいますけど。
そう言う貴方はどうなのです。貴方のことだから途方もない想像を膨らませはしませんでしたか。
くすりと笑う私に、お前はどうなのだと尋ねられて、私は私がより素晴らしく、より良くあるためにはどうあるべきかを夢の中でも考えていますよ。そう答えたら、お前らしいと微笑まれた。
知っていますか。貴方は私を掻き抱くけれど、決して私の顔を見ようとしませんね。
後ろから覆い被さる貴方はとても荒々しく、そして熱く、獣のよう。
気をやっても止まらぬ突きに瞼の裏が白んでそして段々と身体が重くなる。
わかっています。私は誰よりも優秀ですから、はじめから全部わかっているのです。
貴方が綺麗だと言うから、髪の手入れにも余念がありません。
汚れていると見向きもされないから、いつだって身綺麗にしています。
知っていますか、ねえ貴方。
私は貴方と体を繋げることなど無しに、ただ他愛もない物語をするだけで十分なのです。
貴方と交わした戯言の一つ一つを紙に書き付けて残しておきたいくらい大切で愛しい時間なのです。
忍を目指す者として、自分の形を残すことは許されていませんがそれでも。
これは恋ではありません。ただ貴方に向けた独りよがりの妄想です。
先輩である貴方のために尽くせるのなら、後輩冥利ではありませんか。
髪を梳いて身を拭って、美しい私だけを貴方に捧げる。
いつか、貴方も飽きるでしょう。従順な人形など捨てて、思い人の所へ駆けていくのでしょう。
それでもいい。今貴方の腕の中に在れるなら。
しっていますか。
ねえ、あなた。
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