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生まれ変わりを信じてくれるだろうか。
かつて、私と彼は忍だった。闇に生き、誰にも知れることなく散っていく戦の道具。
彼と私はその忍びを育てる学園で先輩と後輩の関係にあった。
果たして惹かれたのはどちらだったか。
いつの間にか私と彼は恋仲になっていた。
もちろん許される間柄ではない。
忍者の三禁と呼ばれるように、色は御法度であったし、もしそのことが誰かに知れたら、私も彼もただじゃ済まなかっただろう。
それでも、愛しかった。
「滝」
彼は私のことをそう呼んだ。
いくら私には滝夜叉丸という気高く素晴らしい名があると言っても、彼は構わなかった。
彼は周りから暴君と呼ばれ、それは恋仲である私にもいかんなく発揮された。
もうだいぶ諦めてしまった私は、はい、と返事を返す。
昨晩散々声を上げてしまったためか、いつもは小鳥のさえずりように美しい声が嗄れてしまっていたけれど、とりあえず声が出たことには安堵した。
以前本当に声が出なくなったことがあったから。
(あれは本当に恐かった)
「滝は、来世を信じるか」
肝が冷えた出来事を思い出していると、彼はいつもの溌剌とした顔を潜め、そっと問いかけてきた。
たまに、彼はそうなることがある。真剣な顔で、真面目な口調で唐突に切り出してくる。
普段の暴君はどこへ行ったのか、今にも消えてしまいそうな儚さを、それでも私は愛していた。
「私は、信じていません」
「何故?」
「今こうして生きている私が素晴らしいのです。眉目秀麗、才色兼備な私が、来世でそうあるとは思えません。もし来世があったとして、こんなにも美しい人間など、二度も生まれるでしょうか」
いいえ、生まれるはずがない。
そう締めくくれば、彼は滝らしいな、と笑う。
ふと、彼は口を開いた。
「私は、来世を信じるよ」
その言葉に私は驚いた。
今がすべてだ、と言うと思っていたから。
「だから滝、私は少し、願ってしまうのだよ」
腕を伸ばされ、大人しくその中に収まれば、頭上でくすりと笑う気配がした。
まだ日は昇る気配もない静かな夜。この世に私と彼だけしか居ないような不思議な気分だ。
あの時した約束を、彼は覚えているだろうか。
学園を卒業し、城に仕え、彼とは疎遠になってしまったけれど、優秀な忍びとしての噂は風に乗って届いていた。
そのたびに誇らしく、さすが私の愛した人だと思った。
彼に負けぬよう、私も自らを切磋琢磨し彼に恥じぬ働きをと奮起した。
任務中に敵方の奇襲に遭い、命を落としたときも最期に浮かんだのは、彼の笑顔だった。
まるでお天道様のような笑みも、静かな満月のような笑みも、敵に向ける残忍な笑みも、すべてひっくるめて愛しい笑顔であり、彼だった。
そっと目を閉じる。
あの日の約束を、覚えていますか。
もし生まれ変わったら、なんて、あの時は馬鹿らしいと言ってしまったけれど。
それでも、本当はうれしかったんです。
来世でも私を愛してくれると言ったことが、私を選んでくれると言ったことが、本当に泣きたくなるくらい幸福だったのです。
七松、小平太先輩。
私の愛しい人。
誰よりも貴方を好いております。
貴方を、来世でお待ちしています。
「滝、もし生まれ変われるなら、平和な世の中がいいな。戦もなく、殺し合いもない、夢のような世だ。こうして隠れて会うのではなく、お天道様の下で愛していると叫ぶんだ。さぞかし気持ちがいいことだろう。お前はきっと来世でも美しいだろうな。そうだ、もし生まれ変わったら、私と結ばれよう。何もしがらみなどない世で、かわいい‘やや’ももうけよう。お前の子だ、きっと愛らしいだろうなあ」
「はじめまして、七松先輩。私は平 滝と申します」
「よろしく、滝」
生まれ変わりを信じてくれるだろうか。
初めて会うはずなのに、彼にあった瞬間なぜだか懐かしく、そして愛しいと思った。
彼もそうだったのだろう。目を見開いて、けれどややあって満面の笑みで言った。
「滝が好きだ、付き合おう」
空には太陽が燦々と輝く。
平和な世で出会った二人は結ばれて、やがて子をもうけた。
愛らしい我が子に男は夢中に、女はたいそう可愛がった。
幸せだ、とどちらともなく呟く。
それに片割れが幸せだ、と返す。
平和な世の中で、二人は結ばれた。
あの日の約束は果たされて、しがらみのない愛を育む。
隠れて会うこともない愛に、二人は幸せな笑みをこぼした。
君が居た。それだけで世界は美しかった。
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