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不運・仁吉先生 C


C倒れたその後。
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目の前がぼんやりとして、視界が定まらない。

(あれ、私……)

それでも頑張って重い瞼をそっと開けると、淡い光の中に影がいくつも浮かび上がった。

「気が付きましたか若だんな!」

「一太郎!」

「大丈夫かい?」

聞き慣れた声が山と降ってくる。
どうやらまた己は倒れてしまったらしい。情けないのはいつものことで、今日もまた、倒れた瞬間の意識がおぼろげにしかない。
横を見れば、佐助に栄吉、屏風のぞきまでもが若だんなの顔を覗き込んでいた。

「大丈夫。生きてるよ」

もぞもぞと夜着の袖で動く妖にも聞こえるよう、はっきりとした口調で皆に応える。
よかった、と零れた言葉の他に返ってくる安堵の溜め息がいつもよりも多いのも、気のせいではないと思う。

(今回はまた、一段とひどい心配のされようだね)

己の事であるとわかってはいても、あまりの不甲斐なさに苦笑いが零れる。
だがこの笑みを回復の兆しと思ったのか、佐助が思い出したかのように口を大きく開いた。

「旦那様とおかみさんはどうにも抜けれない会議がありましてね。今、こちらに向かってます」

「あ…今回は会議、ちゃんと出てくれたんだね」

病弱な一人息子を溺愛することで有名な両親は、一太郎心配のあまり、しょっちゅう仕事を放り投げてくるので、今回はそうでなかったと知ると、幾分か心が楽になる。

「おいら、一太郎の担任に電話してくるよ」

そう言って部屋を飛び出した栄吉を見送った後で、気になっていたことを妖達に訊いた。

「そういえば、仁吉はいないの?」

倒れるまで若だんなは仁吉といた。だから、自分を介抱したのは当然その兄やのはずなのだが、おかしなことにその姿がない。
少し不安に思って口に出した問いだったが、申し訳なさそうに肩をすくめた佐助の言葉を聞いた後で、訊くのではなかったと後悔した。

「仁吉は今、学校にいますよ」

「えっ」

若だんなが倒れたというのに、心配性の兄やがまさか家にいないとは思っていなかったので、思わず驚きの声が出てしまう。
どことなく自重気味な佐助の言葉を、そのまま屏風のぞきが拾い上げた。

「それがあの英語教師、今までの不体裁がここにきて応えたらしくてね。お前さんを家に連れ帰って間もなく呼び出されたんだよ」

今頃は口五月蝿いことで有名な教頭にでも説教・詰問されているだろうと話す屏風のぞきの頭を、佐助がすかさず殴る。

「仁吉……」

私のせいで、と言いかけて口を閉じる。
その続きを言葉にするのは、佐助や屏風のぞきにも余計な心配をさらにかけるとわかっていたからだ。

「若だんなが帰られたのが昼前で、今が18時過ぎ。仁吉が呼び出されてからもう随分経ってますからね。何、すぐにきっと帰ってきますよ」

そう言って宥め賺す佐助はベットの脇に置いてある、掛かりつけ医師の源信特製の薬をずいと差し出してきた。

「……ありがとう、佐助」

嬉しくはない物だが、兄やの優しさだと思って喉に流し込む。程なくして眠気が全身を包み、屏風のぞきが明かりを消したのも佐助が薬包紙などを片付け部屋を出て行ったのも気づかぬまま、若だんなは浅い夢の中へとおちていった。



部屋はしんと静まり返っていた。
生暖かい風のようなものが額を撫でた気がして、ゆっくりと瞼を開ける。
おぼろげよりも不確かな記憶の中で、自分の手を握った両親の顔が思い出されたが、意識がはっきりとしてきた今も握られている己の右手に気付き、はっとして顔を上げる。

「起こしてしまいましたか?」

「仁吉…」

手を握っていたのは端整な微笑を携える兄やで、握った手はそのまま、上半身を起こそうしたのをやんわりと制止させられた。

「申し訳ありません若だんな。あたしが傍に付いていながら」

深く頭を垂れた仁吉の頬に触って上向かせる。
ぶんぶんと首を横に振った若だんなの瞼は、寝起きのせいか僅かに赤い。

「そんなこと……それは私がっ」

言いかけて、仁吉の人差し指が唇に優しく触れた。
こちらもゆっくり首を横に振り、一度微笑んでみせてから指を放す。

「……それで、学校に呼び出されたって聞いたけど。仁吉、大丈夫なのかい?」

上目遣いでぽつりと呟いたのは、不安の表れである。
これで常のように仁吉が微笑ってくれればいいものを、今日は流石に勝手が違うようで、伏し目がちに口を開いた。

「どうやら今回ばかりは見逃してもらえないようです」

「仁吉、それじゃあ」

「良くて停職処分か、他校(よそ)に飛ばされる……なんてことも有り得るかと」

だが、とすかさず仁吉は言葉を続ける。

「大丈夫ですよ。あたしは若だんなの側を離れません」

握られた手を包む手のひらが、僅かに熱を上げていた。

「教職に未練などありません。若だんなと離れるくらいならあたしは――」

「仁吉」

名前を呼んで、言葉を塞ぐ。
握られていた手を一旦解(ほど)き、今度は己の両手で仁吉の右手をぎゅっと握った。

「仁吉先生がいなくなったら、私は寂しいよ」

女子生徒に囲まれている仁吉を見ていて気分が悪くなることがあったとしても、仁吉が学校にいない方がきっと嫌だと思う。
それに、
(仁吉先生は皆に好かれているんだから)
必要とされている存在なのだから、学校にいるべきだと思う。

「だから仁吉、いいね。そんなこと言っちゃあ駄目だよ」

そう笑ってみせた途端、ぐっと仁吉の顔が近づいたと思ったら、前置きも何もないまま熱で火照った体を抱きしめられた。

「に、仁吉……?」

瞬間何が起きたのか理解できずに、握る対象のない両手をあたふたさせながら、抱きしめられているせいで顔の見えない兄やを呼ぶ。
放してくれるどころか返事も返してくれずに若だんなは困り果て、「苦しいよ」と抗議めいた呟きを零すと、やっとその腕を緩めてくれた。
だが、気を緩める間は微塵もなく、続いて頬に手を添えられじっと無言のままで見つめられた。

「あ、あの」

気のせいではなく近づいてくる綺麗な顔に戸惑い、思わずぎゅっと目を閉じる。

「……若だんな」

耳元ではなく、唇に仁吉の吐息がかかる。
次の言葉を紡ごうと開かれた唇はそのまま塞がれるかと思ったが、突然背後で勢いよく物音が立った。

「お邪魔さんだったかね?」

そう言って顔を見せたのは屏風のぞきで、己の本体である屏風を引きずりながら入室してきた。

「若だんな、起きていて大丈夫なんですか」

続けるように入室してきたのは佐助で、何故か“寝ずの番”と書かれた鉢巻きを額に巻いている。
二人を筆頭にぞくぞくと見知った妖達が入ってきたので、仁吉は渋々といった感じで若だんなとの距離を置いた。
気が付けば先程まで姿を消していた鳴家達が、夜着の袖を引っ張って何事か騒いでいる。

「佐助、屏風のぞき……これは何事?」

「いやぁ、今宵は何故か寝ずの番をしたくなりまして。何、いつものように若だんなをお守りするだけですから」

そう答えた佐助に続けて、屏風をベットの脇に立てかけた屏風のぞきも口を開く。

「たまにはいいだろう? 寝ずの番はしないが、あたしだって若だんなの身を守る自信はあるからね」

そう言った視線の先はいかにも不機嫌な仁吉に向いており、扇子で口元を隠しながらにたにたと笑っていた。

「盗み聞きとは……無粋な輩め」

仁吉は若だんなに群がる小妖怪を払いのけながら諦めたようにひとつ溜め息をつくと、いつもの笑顔を若だんなに向けた。

「……続きはまたいずれ」

仁吉がそう若だんなに囁いた途端、佐助が近くにいた鳴家を仁吉に投げた。
それをかわしながらの仁吉と妖達との問答に目を細めつつ、熱の残る指先で己の唇に触れてみる。

(また……って、いつだろう)

頬が火照るのは単なる熱のせいではないと確信しつつ、妖達に囲まれながら慌ただしく賑やかに夜は更けていった。



後日、休み明けに仁吉は十日間の停職処分を受けたが、例によってその間若だんなも病欠で登校しなかったため、仁吉先生は何ら差し支えなかった。


    - 了 -


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最後、甘く……なりましたかね?
この仁吉先生の設定では 若だんな→←仁吉 ってことにしてあるので、若だんなもそれとなく覚悟と期待しているようにさせました^^
でも仁吉先生残〜念!
やっぱり不運だから邪魔されました(笑)
不体裁ってのは、教師のくせに勝手に学校からいなくなることです。
仁吉先生にとっては、若だんな>>>(果てしない壁)>>>授業ですからね。仕方ないといえば仕方ないんですけども(笑)

機会があればまたこういうふざけたパロやりたいです。

ここまでお読みいただきありがとうございました。









あきゅろす。
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