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不運・仁吉先生 B


B12月末、終業式にて。
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「一太郎、帰らないのかい?」

昇降口で一人座り込んでいる一太郎を見た栄吉は、急いで降りかけた昇降口の正面階段で足をとめ、そのままこちらへ小走りに近づいた。

「おれはてっきり、お前さんは早退したもんだと……。あれ、屏風さんが校門から出て行くのがさっき見えたけど?」

屏風のぞきと一緒に帰らないのを疑問に思ったのだろう。まさか喧嘩でもしたのかと、幼馴染みは一太郎の顔を覗き込んだ。

「栄吉の言ってることは正しいよ。さっきまで二人で保健室にいたんだけど……屏風のぞきは、先に帰ったんだ」

今や大富豪で、大病院も経営する長崎家若だんなのお守りとして高校へ通う屏風のぞきを知る栄吉としては、その若だんなを置いて一人さっさと帰ることが信じられないらしい。嘘だろうと衝撃を受けた幼馴染みの顔を見て、一太郎が白い顔で笑う。

「実は、仁吉が保健室にきてさ。今日は終業式だけど一緒に帰るって五月蝿くて」

「ああ、仁吉先生が」

クラス担任をしていないとはいえ、終業式ともあろう日に教師が早退していいものかはさておき、こちらも若だんなのお守りとして教職に就いた仁吉や佐助の存在を知る栄吉は、合点がいったように頷いた。
屏風のぞきが先に帰ったのは図らずも、仁吉という男との仲が悪いのだ。

「でも昇降口(ここ)は寒くないかい? だって一太郎、今日も調子が悪いんだろ」

「大丈夫だよ、ついさっき来たばっかりだし。仁吉が今荷物を取りに……」

そう言ってる間に廊下の向こうを見ると、足早にこちらへ歩む仁吉の姿が見えた。

(おっと。話をしてれば仁吉さんのお出ましだ)

仁吉の姿を目にした栄吉は、その仁吉を見て笑顔になった幼馴染みを見下ろしてから、気づかれぬようにそっと溜息をついた。

(……おれが一太郎といると、なんでか仁吉さん、不機嫌なんだよなぁ)

それがどういう意味なのかわかってしまう己が妙に可笑しい。
栄吉は、一太郎に気づかれぬ程の微笑を漏らした。

「それじゃ、おれは行くよ」

そのまま走り去ろうとする友を引きとめて、一太郎が急いで立ち上がった。
やはり調子は良くないのだろう。その背をしっかりと、壁に寄りかからせているのが痛々しい。

「ありがとうね、栄吉。急いでたんだろう? 引きとめたりして悪かったね」

「そんなこと気にするなって。ゆっくり休めよ、一太郎」

ぽんぽんと幼馴染みの頭を軽く撫でてから、栄吉はすれ違う仁吉先生に別れを告げて廊下の先に消えた。



「廊下を走るのは、教師としては感心しませんね」

お待たせしましたと若だんなに詫びてから、栄吉が走って消えた廊下の先を仁吉は見やった。

「こういうのに厳しいんだ? 仁吉先生は」

ズボンの埃を払いながら、からかうように一太郎は仁吉の顔を覗き込む。
そんな様子の若だんなを見て、仁吉は一安心したように安堵の笑みを見せた。

「まぁ一応、教師ですから」

そう言いながら仁吉は慣れた手つきで若だんなに上着を羽織らせると、自分は肩にコートを掛けたまま、軽い学生鞄を抱えて若だんなを外へと誘(いざな)った。


「仁吉はコート、着ないのかい?」

自分に合わせて隣を歩く兄やを仰ぎ見て、若だんなは黒の皮手袋だけを嵌(は)めたスーツ姿の英語教師に訊いた。

「若だんなはお優しいですね」

若だんなの言葉に微笑んでから、仁吉は歩みを止めた。
依然、コートは己の肩に掛けたままだ。

「あたしは妖ですからね。このくらいの寒さ、なんてことはないです」

そう言いながら右手の皮手袋を外すと、寒気に赤く染まった主人の頬に触れた。

「ほら、若だんな。暖かいで……」

そう言いかけた瞬間、仁吉は己の指先に感じる熱さにはっとした。

「仁吉の手……冷たくて気持ちいい……」

白い顔の主人は尚も笑顔を兄やに向けると、雪が溶けるように、その場に崩れ堕ちた。

「若だんなっ! しっかりして下さい、若だんな!」

すかさず鞄を落とし、風のような動きで仁吉が若だんなを抱きかかえたが、一太郎は熱い吐息を白く吐き、その額にじんわりと汗を浮かばせている。

(若だんな……熱が?)

冷たくもない自分の手を冷たいと言うのはつまり、仁吉の指先よりも一太郎が熱を持っていることを意味する。

(……あたしが付いていながら……っ)

若だんなが笑顔を見せただけで安心してしまった自分の不甲斐なさが腹立たしい。
仁吉は己の唇を強く噛むと、両腕にかかる重みを大切に抱え込んだ。


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そして……Cに続きます。
何この切れ方とか言わないで下さい(汗)
栄吉っていい奴〜と思っていただければ幸いなBです;
出番のなかった佐助と屏風に申し訳ないです……が、若だんなに合わせて授業をサボる屏風にニヤニヤしてしまう私(自分のネタなのに←)
屏風って一太郎には優しいですからね〜♪
それから、書いた後に思ったけど……コートを肩に掛けたスーツ姿の仁吉を見たから若だんなは倒れたんじゃないかと(笑)(←違います)

スーツな仁吉…格好良すぎて、私なら倒れます。




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