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悪天クライシス
アンバランス天使の誕生


「――んなぁああああああああッ!!?」


とある建物の、とある一室。
そこから轟いた少年の叫び声は、この天界中に響き渡ったのではないかと思える程に大きかった。
嗚呼…不運にも近くを通りかかっていた者達は皆、朝の穏やかかつ新鮮な風を切り裂く声に驚き腰を抜かしただろうに。
叫び声を上げた少年はそんな考えなど及びもつかないようで、目の前に鎮座する透明の板に顔をぐっと近付けている。

一応説明しておくと、少年も別に天界の住人に悪気があって馬鹿でかい声を上げたわけではない。
つい先程、少年はこの部屋の簡素なベッドで目覚めたばかりなのだ。
寝ぼけ眼を擦りながら起き上がり、ぼんやりとした意識のまま、ベッドから出てみれば。
ふと視界に入ったのは、少年の足から頭まで全てを映してくれるだろう長さの、透明な板。
まあつまり、姿見…鏡というやつだ。

結論から言ってしまえば、少年はこの鏡に映る自分を見て叫び声を上げたという事なのだが…。

「なっ、な……何だよこれっ」

少年は、見慣れている筈の自分の姿に驚愕していた。
目を零れんばかりに見開いて鏡に映った自分を見ているさまは、まるでこの鏡が虚像を映し出しているのではと疑ってかかっているかのよう。

少年は記憶していた自分の姿を、今一度心の中に思い描いてみる。
(えー、確か髪の色は染めていない生粋の黒。んで目の色もごくごく普通の黒。服はテキトーに選んで、それで…)
確か、と言っているのは今の自分の姿が全く記憶上のそれとは異なっているからである。
髪の色は黒には程遠い、白っぽい銀。
目の色は血のような赤色だし、服装も今まで見たことのないような…白を基調としたもので、まるでおとぎ話の天使が着ているような……そう、天使。

「…ま、ままままさかなぁ! まぁた巧あたりがたちの悪いイタズラでもっ」
冷や汗をだらだらと流しながら、イタズラ好きである弟の仕業だと心の奥底から願う少年は、しかし勇気を振り絞って『自らの背中に生えている』純白の翼に手を伸ばす。
その赤い目は鏡に向けたまま、そうっと手だけを…背に。


ふわっ。

(やっ、や、やわらかい)
思いの外、柔らかかった。
しかし悲しいのは、その感触を生み出しているのが思春期の少年が喜ぶようないわゆる女体がどーのこーのではなく、自らの背中にどういうわけか生えているように見える真っ白なモノである事だ。
その一点を除けば、とても柔らかくて触り心地がいい。
…何となくこそばゆい感じが背中からするのは気のせいだ。決して自分の身体の一部になっているのではない!
そこは少年としては断固否定したい部分だ。

「………」
少年はなるたけ冷静であれと努めながら、鏡に映った自分をじぃっと見つめる。

「……」
しばしの沈黙。
それを破ったのは、当然の事ながら沈黙を創り出した少年自身だ。


「にっ、似合わなさすぎるぅうううッ!!」
この状況で冷静でいられるわけがないっ!

冒頭の絶叫程ではないが、少年は再び叫び声を上げた。
そのまま頭を抱え、その場にしゃがみこんでしまう。

「…う…っ」
意を決して、もう一度、もーいちど鏡を見てみる。
…やはりその真っ白なモノは、自分の背中にくっついていた。
それを目にして、少年はあえなく崩れ落ちる。

…言ってしまえば、簡単な話。
なんともはや、少年は目つきが悪かったのだ。

小さい子供や女性にはもれなく怖がられてきたために、片思いが実ったためしなど一度もない。
相手の反応はほとんど同じ。近付けば愛想笑いされてハイサヨナラ。以降距離を置かれ、話して仲良くなる機会も無ければ勿論告白なんて夢のまた夢に終わってきたものだ。

そして…今の自分の姿。
目つきどころか、目の色は真っ赤っか。背中には真っ白な、見ようによっては可愛らしいとも言える形をした翼。
これはもうアンバランスすぎて笑いも出ない。

「何だよコレ…何なんだよぉ…」

夢であったら、そろそろ覚めて欲しかった。
どうか、どうか自分をこの悪夢から解放して欲しい。


――しかし、その願いは部屋の扉が開け放たれた事であえなく崩れ去ってしまうのだった。

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あきゅろす。
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