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悪天クライシス
悪魔の正体(?)


「――うぅぇっぶぅっ!!?」


……言葉にならない、奇妙奇天烈な声を上げた。


「ぅげっ、げ、げほ……げほっ!」

「い、イアン?!」

噛みついた瞬間に吹き出した上、胸を押さえながら咳き込むイアンに、一火達は驚きと戸惑いを隠せない。――もしや、あの悪魔はイアンの知り合いを装って、チョコに毒でも入れていたのでは。そんな悪い予感が頭に過ぎる。

「イアン、大丈夫ですか!? ちゃんと呼吸とか出来てます!?」

イアンの背中を撫でつつ、カレンは慌てて水を手渡した。イアンは余裕のない様子でそれを受け取ると、顔を天井に向けて一気に飲み干す。


「……ふぅううう……」

空気の抜けた風船のような息を吐きながら、イアンは椅子に思い切り寄りかかった。
哀れ、さっきまで幸せ一色に染まっていた顔面は、あっという間に蒼白になってしまった。


「だ、大丈夫かお前……?」

「……」

「あ、あのー……イアン?」

「……」


一火達の声に、イアンは答えず。目をかたく閉じて、黙り込んだ。――その表情が、今まで見たことのない『無』で。不気味だとすら感じる。


「……あのさあ」

「!?」

地の這うように低く、それでいて酷く冷め切った声に、一火達は思わずびくりと反応した。
イアンは異変の原因となったチョコを指差して、


「……これをくれやがった奴、どんなツラしてた?」

「い、イアン……キャラ変わってますよ?」

「そんな事どうでもいいからさあ、早く質問に答えてくれる? ――ほら、僕は気が短いんだよ。早く吐けよ」

「ひっ」

「お、おま……」

一火は、目の前にいるのが本当にイアンなのかすら疑わしくなっていた。いつも穏やかな物腰で、カレンやルビエの暴走を諫めたりする事はあれどその逆はない。

しかし今のイアンには、普段の面影はどこへやら。目つきは非常に悪くなっている上に、口からはいつもは見えない吸血鬼の牙が覗いている。

――通常まともな人ほど、いざキレた時は凄まじい。よくいう話だが、一火達は今それを思い知った。


「あーっ! イアンくん、食べてくれたんだねえ」

――その時。この状況を創り出した元凶が現れた。


「えへへぇ。どう? あのチョコ、おいしかったでしょー。ボク、すっごい張り切っちゃったんだよー?」

「お前っ……!」

にこにこと笑いながら、平然とこちらへやってきたトーリ。思わず、一火が問い詰めようとすると。


「――トーリ! やっぱりお前かっ!!」

それよりも早く、イアンが動いた。無表情から一転、今度は怒りにまみれた顔でトーリの首根っこを鷲掴みにし、ぶんぶんと振り回す。

「あははー、苦しいよおイアンくんー。久しぶりの再会で嬉しいのはボクも同じだから、落ち着いてよー」

「ふざけんな! だぁれがお前との再会で喜ぶんだよっ、気色悪いもんを送りつけやがって!!」

(こ、これは……どうすりゃいいんだ……)

この目まぐるしい変わる状況に、一火とカレンは見守る事しか出来ない。

「だってえ、最近はイアンくん、ぜんぜん会ってくれないんだもん。会いに行っても逃げちゃうしさー」

「お前はいい加減、自分が何をしたのかをちゃんと理解しろ! こっちはお前のせいでトラウマ植え付けられたんだよっ!」

――怒り心頭になったイアンが非常に恐ろしい。さっきまでギリギリ保っていた(筈の)口調も、トーリの出現により完全に崩れ落ちてしまった。


「と、トラウマ……?」

カレンが声を漏らす。と、同じタイミングでイアンはその『トラウマ』を叫んだ。


「――また食べ物にお前の血を混ぜやがって! お前のせいで男の血が駄目になったんだよ!!」


――そうだ。一火は思い出す。

イアンが男性の血は飲まないと常日頃、豪語していた事を。


「……つまり、だ……お前、男……なのか……?」

一火はトーリ――髪を結び、女性の格好をしている悪魔――に、そう問いかけた。


「うん。……あれー? 言い忘れちゃってたかなぁ、ごめんねえ。えへへ」

トーリは自分が原因でこんな事態になっているのだと、まるで気が付いていないのか。――それがもはや通常運転なのか。

場に走る緊張感など、吹き飛ばしてしまうかのように。

トーリは、あっけなく答えを返して来た。



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あきゅろす。
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