悪天クライシス
儀式
そうして向かった先は、魔界に唯一あるプールだった。
カレンと昨日そこについて話をしたし、恐らく確実だろうと目星をつけて。
イアンはルビエに抱きつかれるような形で、彼女の翼によって素早く目的地へと辿り着いた。
予想通り、二人はそこにいた。魔界では目立つ一火の白い翼が目印になっていたのもあったが、プールに入らずただ二人で並んで座っていた姿が印象的だったのだ。
流石に二人の会話を盗み聞きはしていないが、表情から真剣な話をしていたのは解る。
イアンはルビエと共にプールに入りつつ、暫くちらちらと二人を見ていたが、ふと二人の纏う空気が変わった気がした。
カレンの顔が穏やかになり、一火は顔を真っ赤にしていたからだろうか。
…それを目にした時、ルビエは今のように目を輝かせていたのだがそれはまぁ置いておいて。
その直後カレンが立ち上がり一火に何事か話していたが、雰囲気でもう帰るのだと気付きイアン達は急いで建物から立ち去った。
そこまでは良かったのだが…。
『…えっ?! さ、流石に駄目だよそんなの!』
『えぇぇえええ? このまま帰るんじゃあつまらないよぉ〜!』
そんな言い争いを経て、結局イアンが折れた為に覗きに加えて盗み聞きまでしてしまったという訳だ。
隠れるためにイアンが使ったのは吸血鬼の能力で、影に溶け込み姿を隠し、さらに気配をも消すというもの。
ルビエの手を繋いでいたのは共に影に溶け込む為、吸血鬼である彼が触れている必要があったのだ。
しかし、人の血を吸う回数をある理由から最小限に抑えており、そのため普段から貧血気味であるイアンにとって、能力を使うというのはかなりの疲労になっていて。
未だ彼は汗を流し、息も荒くなっている。
それを見て流石に心配したのか、ルビエはイアンを見上げ。
「飲むぅ?」
とだけ、声をかけた。
何を、とは言わない。それはお互いに解りきっていたからだ。
しかしルビエの気遣いにイアンは首を振る。まだ大丈夫だよ、そう言って笑いかけた。
「ここじゃ人目につくかもしれないしね」
「だいじょーぶだよぉ、今誰もいないし。ルビエ達ふたりっきりだよー」
「そうだけど…」
イアンの態度が気に入らないのか、ルビエは口を尖らせ。
彼にとっての脅し文句を吐いた。
「そんな事言うなら、もうルビエの吸わせてあげないよぉ?」
「えっ」
「それでそれでぇ、飢えて飢えて壊れかけのイアンにはー…うん、男の人の血をあげるー」
「!!!」
その言葉を聞いた途端、イアンの顔色がみるみるうちに青くなっていく。哀れ、元々青白かった肌がもはや完全に血の気を無くしていた。
「だっ、駄目だめぜっったいダメ!! 今、今飲むからっ、ね!? アリガタク! 飲ませて頂きますカラ!」
手を合わせ拝むように頼み込むイアンの姿は、端から見れば滑稽だっただろう。まあ彼にとって幸いな事に、周囲にはルビエ以外誰もいないのだが。
「解ればいいんだよぉ」
ニコニコと笑って言うルビエに、イアンはほっとして顔を上げる。
そして今一度辺りを見回し、誰もいない事を確認、頷く。
「…じゃあ」
イアンはその身に纏った黒衣をまるで闇のカーテンのようにばさっと広げ、その中にルビエを誘う。
黒衣で包み込まれたルビエと身体が密着する形になるが、もう二人とも完全に手慣れており、照れた様子は無い。
それだけ、これは二人にとって当たり前の習慣…『儀式』だった。
「…はい」
ルビエは服から左肩を晒し、イアンは彼女の言葉に静かに頷いた。
右手をルビエの左肩に、左手を首もとに優しく労るように添える。
そうして、イアンの顔はルビエの『そこ』に近付いて。
長い時間をかけて辿り着いた時、普段は他の歯と殆ど変わらない、彼の犬歯が鋭く伸びた。
――彼は容赦なく、ルビエの柔肌にその刃を振り下ろした。
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