悪天クライシス
望みと責任
「…お前は、赤の他人に自分のトラウマとかをベラベラしゃべるのかよ」
カレンは一火の言葉に目を見開く。
「…意外です。『まぁそうだな』って返しが来ると予想していました」
「出会ったばかりの奴に思考を予想されるなんて、情けなく感じるな」
「…確かに、それは失礼しました。
でもあなた、話していてどうしても単純お馬鹿な印象が拭えないんですよねぇ…」
「お前それさっきより失礼だからな!」
一火が声を上げると、ついさっきまでのように陰のない笑顔を浮かべるカレンは「はいはいすみません」と反省の色が全く見えない謝罪をする。
「たくっ…」
その姿に腹を立てつつも、しかし内心は安堵する自分もいた。同時にそんな自分に戸惑い、疑心を抱く。
(こいつの調子が、いつも通りになったからか?)
そんな事を考えた瞬間、いや『いつも通り』だなんてそれこそ出会ったばかりの人間が思う事でもないだろうと思い直した。
しかしならば何故安堵したのか、答えは見えない。
「どうかしましたか?」
唐突に黙り込んだ一火を不審に思ったのだろう。
カレンの声に我に返った一火は、それまで考えていた事を忘れようとするかのように話題を切り替える。
それは、さっき納得がいかなかったもう一つの疑問。
「お前はさっき、イアン達には自分の無様な姿を見られたくないって言ったけどさ…いくら出会って数日とはいえ、友達ならそういうの無条件に受け止めてくれそうだけどな」
上手く言葉には出来なかったが、自分に取って友達とはそういうものなのではという考えを伝える。
カレンの事を心配してわざわざ界泉まで追いかけてきた二人であるし、彼女が水にトラウマがあると伝えても受け入れはすれど非難はしないだろうと思ったのだ。
「…そういうものでしょうか?」
しかし、一火の言葉は逆にカレンには納得いかなかったようで、彼女は目を細める。
「プリンス様を一目見たいなどと息巻いたものの、実は自分はカナヅチだった…なんて、あまりに無様だと思いませんか?
……いえ、それはまあいいんですが」
どうやら、カレンが言いたい事はそれではないらしく。一息吐いてから、再び口を開いた。
「ただのカナヅチなら、いずれは克服出来るだろうという希望があります。ですが、私の場合は『水』自体に恐怖を感じています。お風呂ですら、かなり用心しなければひとりでは入れません。
――…いつ克服出来るかも分からない、そもそも克服出来るかも分からない。私のカナヅチは、そういうものなんです」
友達に、自分のトラウマ知られるのが嫌だというのだろうか。つまり、自分の弱みを友達に見せたくない性質なのか。
(…いや)
一火には、なんとなく違うように思えた。
カレンの口調、また醸し出す雰囲気からは、単なる負けず嫌いやプライドで言っているようには見えなかったのだ。
「――…とにかく、二人は私がこの魔界に生まれて初めて出来た友達なんです。優しい人達だと思います。
だからこそ、…出会って数日で下手な所を見せて…失望されたくはないんですよ」
一火の瞳を射抜くように見つめながら、カレンはそう締めた。
「……何でそんなネガティブな言い方をすんだよ」
『失望されたくない』その言い方が何だかひっかかる。一火は頭の中で疑問に思うと同時に、思わず口に出していた。
対するカレンは一火の言葉に少しばつが悪くなったような、複雑な表情をして。
「……さあ」
そう言ったきり、だんまりを決め込んでしまった。
「……」
(なんだよ…)
一火はあまり釈然としなかったが、黙られてしまってはどうしようもない。仕方なしに話題を変える。
「…じゃあ、これからどうする」
「それは決まっているでしょう。私、あなたに言いましたよね? 『絶対に、私の望みを叶えてください』と」
「いや、そりゃそうだけどさ…お前…」
カレンの口調が幾分か明るくなった事には安堵したが、一火は内心悩んだ。
ただのカナヅチではない、水に対して恐怖心を抱いている彼女を泳げるようにするにはかなりの長期戦が予想された。
それはたった今さっき、本人もそう言っていた。『克服出来るかも分からない』とすら言っていたのだ。あまりにも荷が重い。
気鬱を抱いたような一火の様子に、カレンは苦笑を浮かべる。
「…まぁ、私も鬼ではありません。天女です。別に今すぐになんて言っていませんし、あなたに対しそんな大きな期待はしていませんよ」
「あ…そう」
前半の言葉に一火は『真顔でよくそんな事言えるな…』などと考えながら曖昧な返事を返した。
そんな一火を気にする素振りも見せずカレンは続ける。
「でも。私がカナヅチを克服出来るよう、毎日少しずつでいいんです。指導してください。
…がんばることは、やめたくないですから」
「! ……」
「…あら、またしても意外ですね。何かしら口答えすると思ったんですが」
「口答え、ってお前なぁ…」
上から目線過ぎる台詞に呆れつつも、一火は溜め息混じりに答える。
「別に断る理由も思いつかないから、それに関して異存はない。
けどな…お前のそのトラウマは正直言って、軽くない。お前が自覚してるように、『絶対に泳げるようになる』だなんて無責任な事は言えねぇし、言いたくねぇよ。
…それでも、オレでいいのか?」
「……」
再びカレンは黙り込み、まっすぐに一火を見つめてくる。
自分の姿が彼女の透き通った青い瞳に映っているのが解り、一火は何となく目を逸らしたくなった。
カレンが口を開いたのは、そんな時だ。
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