悪天クライシス
依頼(?)承諾
「私には悪魔のくろ〜い翼じゃなくて、愛らしい純白の翼が似合うんですよ!」
だから天使になるんです、と高らかに宣言してみせた。
「そしてそしてっ、『天界のプリンスさま』にお目にかかって……きゃーっ!」
ひとりで勝手に盛り上がり始めた少女は、隣の少年をバシバシ叩き出した。
「ヅッ、ちょっ、カレン! やめっ」
「……」
とりあえず二人を放置しながら、一火は女の子に小さく問いかける。
「誰だ? その、口にするのが恥ずかしい奴」
「天界のプリンスさまの事? …あれ。イチビおにーちゃん、さっき話してたじゃない」
「? …って、まさか…!!」
一火の頭の中に、ひとりの天使が浮かび上がる。
まだ天界で生まれて日の浅い一火がまともに会話した事のある天界人など、緒印かあの人物しかいない。
緒印は女性だ。『プリンスさま』というには不適切。
…つまり。
「あっ、あのムカつく天使長…!!」
緒印からはそんな話聞かされなかった。まぁ、早く魔界に行きたいからとせがんだのは一火の方だ。
緒印はこの情報は知らなくても何とかなると考えたのだろう。
女児は一火の呟きに頷いて。
「そっそー。でも、あの人の悪口はあまり大声で言わない方がいいよぉ。天界にも魔界にもファンクラブ出来てるし」
「ふぁっ、ファンクラブ…」
あのものぐさ天使長の、一体何がそこまでいいのだろうか。
(人の話を耳ほじりながら聞いたりするような男なんて、普通幻滅じゃないか?)
…天界魔界事情は理解不能であった。
少女がようやく興奮状態から覚めた頃、少年はまたしても一火への助け舟を出してくれる。
「カレン、そろそろイチビ君の縄を解いてあげようよ。絶対に跡になってるって、これ」
「…うー…。でも…」
「せっかく出来たお仲間さんなんだよぉ?」
「お仲間さんじゃありませんっ!」
絶対にそこは譲れないと息巻いて、少女はむっとした顔で一火を見つめる。
「……」
(…っ)
間近にある少女の顔。瑞々しく吸い込まれそうな青の瞳に、一火は思わず息を呑む。
「…ヘンタイ」
「っ、うるせぇ! 慣れてねぇんだよ!」
一火の行動を見逃さず、少女は目を細めた。
でも一火からしたら仕方がないのだ。女性にじっと見つめられるだなんて今までに無いのだから!
だから自分は悪くないと一火は決め込んだ。
「……。あなた、界泉を通ってきたという事は……泳げるんですよね」
「…? 勿論、そうだけど」
瞬間、少女は目を零れんばかりに見開いて一火の肩を揺すりだした。
「もちろんとはなんですか! カナヅチは馬鹿だと! ひとりで勝手に溺れて死ねとでも言うんですか! あなたは変態以前に人として最低ですっ!!」
「ダダダッ、…ちがっ、なんでそうなんだよぉおおっ!!」
少女の肩を掴む力は骨を砕かんばかりに強い。一火は今日だけでかなり身体が駄目になっているような気がした…。
「つまり…お前を泳げるように指導して、冥界まで連れて行けばいいんだな…」
「そうです!」
やっと理解出来ましたかと溜め息を吐く少女に怒りが湧くが、これ以上身体を粉砕されたら堪らないので黙っておく。
少女はどうやら生前からのカナヅチらしく、悪魔として生まれてからのこの数日、何度も界泉に挑戦しているらしいのだが全く上手くいかないらしい。
呼吸に関しては悪魔になったお陰で止めていても問題ないのだが、泳ぐ力もしくはスピードが足りないのかどうしても魔界まで引き戻されてしまうのだそう。
「カレンちゃん、翼で飛ぶのはすぐにマスターしたのにねぇ」
「ボクらがさっきあの場に駆けつけたのも、ひとりで練習しようとしてたカレンのカナヅチ克服の力になりたいと思ったからなんだ」
なるほど。そうしたら少女の悲鳴を耳にして、あのような最悪のタイミングでやってきたという訳か。
一火は納得した。
「…私、ひとりでも練習くらい出来ますもん」
「でも指導して欲しいんだろ?」
「ううううるさいですねっ! あなたは余計なこと言っていないで早く承諾して下さい! じゃないとずっとこのままですよ!」
まくし立てる少女に、一火は溜め息を吐いた。
仕方がない。この暴力的な少女は、こちらが承諾しなければ本当にこのまま一火を放置しかねないと思った。
だから一火は、
「…解ったよ。お前の条件を飲む」
そう言って、拘束からの解放を望んだのであった。
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