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水の姫神子
影の存在


食事を終え一端部屋に帰った華夜は暫くベッドで寝返りを繰り返していたが、さっき眠ったばかりというのもあり一向に眠気は訪れる事はなく。
再び華夜は大広間へと向かった。

何人かの侍女と会う。彼女等は華夜を見つけると道を空け、頭を下げる。
誰ひとり話しかけないのは、此処で最後の夜を過ごす彼女を気遣っているのか。それとも単に華夜に興味が無いのか。華夜には見当もつかない。


大広間にはもう誰もいない。食事の片付けも侍女が済ませたし、家族は皆就寝時間に入っているのだから当たり前だった。

華夜は飾られている姫神子の肖像画を一つひとつ見上げる。肖像画の下のプレートには姫神子の名前と生年月日、そして儀式を受けた日が記されていた。
どの姫神子も、華夜と同じく十六歳の誕生日を迎えて間もなく儀式を受け、亡くなっている。

「…カイリ。私の前の姫神子達にも、守護聖がいたのよね?」
『その筈です。でなければ守護聖の儀など存在しないでしょうし。…もっとも、何ひとつ記録が残っていないので確認は出来ませんが』

湊道家に女の双子が産まれた際、姫神子となる妹は呼吸を始めて間もなく『聖水』にその身を浸す。
そして湊道家当主は姫神子が誕生した事を水神に伝え、その時守護聖は水神によって創り出されるという。
それが守護聖の儀というものらしいが、詳細は代々の湊道家当主にしか教えられないものであり華夜がそれを知る術はない。
また、カイリもあまり生まれた頃の事は話したくない、話せないと言っている。無理に聞く事ではないだろう。

「…そう……」
『…姫様…?』
華夜は俯き、カイリが宿る腕輪をぎゅっと握った。
それきり黙り込んでしまう華夜に、カイリは名を呼ぶ事しか出来ない。

カイリの声に、華夜は「……ごめんね、困らせて」と痛々しく笑って。
「…ただ。姫神子はこうやって後世の人に名前を知って貰えるのに、彼女達を守った守護聖は誰ひとりとして…覚えて貰えないんだって思ったら。
…カイリもそうなっちゃうのかなって思ったら。何だか私、悲しくなっちゃっ…て…」

華夜の瞳に、うっすらと涙が滲む。
それは間もなく溢れ出し、頬を伝った。
『…!! ひ、姫様っ』
そんな彼女に仰天したのはカイリだ。カイリはすぐさま人間の姿になり、どうしたものかとおろおろしている。

「ごめんッ、カイリ…ごめんなさい。ほんとに私…あなたを困らせてばかりで…」
「姫様…僕は貴女の守護聖ですから。だから大丈夫です。大丈夫ですから」
子供をあやすように繰り返される言葉。しかしそれを発するカイリの声色も、焦って弱り切った子供のようだ。

「…僕ら守護聖は、姫神子様を守るいわば影のような存在。覚えられる必要なんて無いんです。歴代の守護聖に関する記録が一切無いのも、そういう事なのでしょう」
だから姫様が気に病む事など…と続けようとしたカイリだったが、新しい涙を溜め始めた華夜の姿にうっと言葉を詰まらせる。

「あ…えと。その…ですから…」
「…かなしく、ないの…? 世界のために、姫神子をまもって…それで、役目を終えたら…おしまい、なんでしょう…?」
「……」
「名前すらっ、だれにも覚えてもらえないなんて……かなしすぎる、よ……」

華夜の訴えに、カイリはそっと目を伏せる。
そして顔を上げた時には、いつものように温かな笑みを湛えていた。
カイリは華夜の涙をそっと拭いながら、彼女の問いに答える。



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あきゅろす。
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