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水の姫神子
不可解な気持ち

華夜の部屋は一見して質素。調度品は申し訳程度にしか無いし、部屋のスペースは天蓋付きベッドに半分は占領されていた。
実際、この部屋は華夜が就寝する場としか使用していない。
着替えは華夜が就寝している間、定時に侍女がカイリを通して渡してくれる。
起床してからの華夜は水神への祈り場や聖水の間にしか出向かないし、食事は家族とともに過ごす。
そのため、この部屋が纏う空気に生活感が無いのは仕方がないかもしれなかった。

華夜はベッドに腰掛け、身に付けた数々の装飾品を外していく。
ただひとつ、カイリが宿る黄金の腕輪を除いて。

身を軽くし、華夜はベッドの中へと潜り込む。
「おやすみ、カイリ」
『はい。お休みなさい、姫様』
ベッドを覆う天蓋は水色。この世界を包み込む色。
それを暫く見つめていた華夜だが、間もなくどうしようもない程の疲労に襲われ自然と目を閉じていた。



――僕は、貴女を守る為に生み出された守護聖です。

ぼんやりとした視界に、今と変わらない『彼』の姿があった。
華夜が産まれた頃から、傍にいた彼。
彼は物心もまだついていない幼い華夜に跪き、恭しく手を取った。
まるでおとぎ話に登場する王子のようだと、視界と同じくぼんやりとした頭で華夜は何となく思っていた。

過去の自分は、彼に何と返したのだろうか。…思い出せない。
ただ、…彼は困ったように笑って。

――僕には、名前などありませんよ。

そう言う彼の笑顔が、ほんの一瞬だけ…悲しげに見えたのは気のせいだろうか。まさに刹那と言える時間。

…もしかしたら、過去の自分も…彼が悲しそうだと思ったのかもしれない。

――かいり? …え。…僕の?

彼は目を見開き、自らを指差す。
過去の自分は…そんな信じられないといった様子の彼に頷いたのだろう。
段々と彼の瞳が現実味を帯びていく。宿した光が眩くなっていく。

彼は、ふわりと微笑んだ。


――ありがとう…ございます。…華夜様。


これからもずっと…ずっと見ていたいと思える笑顔で。
まるで歌うように、カイリは華夜の名を呼んだ。


………。


……。



「――さま、――めさま」
「…ん…、カイリ…時間……?」
「はい、お食事の時間です」
緩やかな振動に、華夜は薄く目を開ける。彼女を揺り起こすのは勿論カイリだ。

華夜を見下ろす彼の姿は、昔と何ひとつ変わっていない。
身体は細く、髪型も相まって見ようによっては少女にも見えるし、顔つきも精悍には程遠く幼い。
身に纏う和装はどちらかというと着ているより着られていると言った方が正しいだろう。

けれど何処か彼に神秘性を感じるのは、華夜だけだろうか。
それともやはり、全ての者にそういった印象を与えるのか。

そんな事を考えつつ、華夜はゆるゆると起き上がり、ベッドから出る。
その際華夜の手を取っていたカイリは、何を思ったのか彼女の顔を覗き込んだ。

「姫様…?」
「!?」

眼前にカイリの顔。それは見慣れている筈なのに、何故だろう。いつになく緊張する自分がいた。
彼の夢を見たから? 彼の事を考えていた中、不意打ちを受けたからだろうか。
顔が熱くなるのを感じる。それを自覚したら、今度は彼に握られている左手まで熱を帯びていく。
おかしい、これはおかしい。

華夜の心情など露知らず、カイリは心配そうに眉を顰めて。
「お身体が優れませんか? …今の姫様は、何でしょう…上の空といったご様子です」

蒼の瞳で射抜かれているような気がする。彼は労るような視線を向けてくれていると心は理解しているのに。
(なんなの…?)
手を離して欲しい。…離さないで欲しい。
矛盾した思いに華夜は戸惑いを隠せなかった。

「だっ、大丈夫。ほら、私寝起きだから。まだ頭がちゃんと目覚めてないだけなの。だから心配しないで。ねっ」
「…そうですか。良かった」
このもやもやとした気持ちから目を逸らすように、華夜は取り繕うような笑みを浮かべた。
カイリはそんな彼女の苦労には気付いていない様子で、胸を撫で下ろした。
「あっ、」
その際離された手。華夜は思わず声を上げてしまった。
当然カイリは首を傾げ、「どうしました」と問うてくる。

「何でもないの! …何でも、ないから」

だから追究しないで。
そんな華夜の思いを雰囲気で察したのだろう。カイリは「そうですか」としか言わなかった。




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