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水の姫神子
境界線


「お待たせ」
「おっかえり〜」
扉を開けると、そこにいたのはカイリだけではなかった。
華夜とは対照的な短髪の少女。華夜の双子の姉、湊道蘭(そうみち らん)だ。
彼女はおっとりとした雰囲気の華夜とは違い、いつも溌剌とした雰囲気を持っている。華夜にとって憧れの存在でもあった。

「聞いたわよ、華夜。またこの子に助けられたんだって?」
「う、うん…」
「仕方のない妹ねぇ…気を付けなさいよ」
呆れたように溜め息を吐きつつも、蘭は表情を和らげて華夜の頭を撫でてくれる。
彼女は華夜が姫神子である事関係なしに、妹の身を案じてくれているのが解っているから。
だから華夜は、素直に謝る事ができるのだ。

「ごめんね、お姉ちゃん」
「うんうん、物分かりのいい子は好きよ」
優しく、優しく、姉は華夜の頭を撫で続けた。
華夜は多少照れくさい気もしたが、身を委ねている。

カイリは暫くの間、姉妹をただただ見つめていたのだった。


さっきまで華夜が着ていた濡れた服を快く預かってくれた姉に感謝して、華夜はカイリとともに長い廊下を歩く。
向かうは、『聖水の間』からは階段を上がった先にある自分の部屋。

聖水に長い間浸かっていた身体は疲れ切っており、部屋で一度は眠りにつかないととてもじゃないが辛すぎる。
今は自分の力で歩ける程にまで体力はついたが、昔はカイリに助けられて地上に足を踏み入れた瞬間気を失っていたものだ。

やはり、神の下へ近付く為に姫神子が身体を清める場とされる『聖水』には、何か人間になどは想像も出来ないような聖なる力が働いているのかもしれない。
華夜の体力が持つようになったのも、単に体力がついただけではなく、姫神子としての力が彼女の成長と共に蓄えられてきているからとも推測出来るが…真相は誰にも解らない。

「ねえ、カイリ」
『はい。何でしょうか、姫様』
華夜は歩を進めながら、カイリを呼ぶ。
彼は華夜の傍にはいない。いや、正確に言えば『人間の姿では』いない。

カイリは普段、華夜が右手首にはめている『黄金の腕輪』に姿を変え、彼女と行動を共にしている。
彼が人間の姿で行動するのは、華夜が危険に曝された時や、彼女がどうしてもと望んだ時だけだ。
腕輪の中心には、彼の髪や瞳の色を思わせる蒼の石が光っている。
この姿の時の彼の声は、姫神子という『契約者』である彼女のみ聴く事が出来る。
華夜は左手で腕輪をそっと撫でながら、カイリに問うた。

「明日…出発なんだよね」
『……、はい。明日が姫様の旅立ちの日となっております』
「…そっか」
『………』
華夜の問いをカイリは予想していた。だからその問いに対する答えだってちゃんと用意していた。…それなのに。

その答えを言うのが躊躇われたのは、何故だろうか。
…否、理由などとうに解っている。自覚している。

けれど、それを表に出す事は許されない。
自分は姫神子を儀式の瞬間まで守る守護聖であり、それ以上にはなれないのだ。

だから、『辛いですか』などと弾みでも口に出してはいけない。
彼女が故郷を離れたくないと心の底では思っていたとしても、それを傍にいる自分が一番良く理解していたとしても。

姫神子と守護聖。
その境界線は、決して越えてはならないものだから。




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