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水の姫神子
青い羽根を、翼を、奪う。


――華夜様が可愛がっていた小鳥が、その生を閉じた。
寿命にしては短過ぎるその死に、僕は自分で驚く程の強い衝撃を受けていた。


「…かいり」

…華夜様がまだ幼い頃。華夜様はある日、一羽の小鳥を拾った。
庭を散歩していたら偶然見つけたその小鳥は、瑞々しい青色の羽根が無残にも折られた状態で地面に横たわり、見るからに弱っていた。

周囲に親鳥はおらず、巣も見つからない。
しかしこのまま放っては置けないと、華夜様は小鳥の手当てをする事にした。
華夜様は大人も呼び、懸命に小鳥を助けようとしたが…結局、どう考えても人為的に折られた羽根は治す事が出来ず。
小鳥は一生、空を飛ぶ事は出来ないと宣告された。

華夜様はそれを聞いた時、ぽろりと涙を零した。
正直、その時の僕はどうして?と思った。
だって華夜様は、小鳥が空を飛んでいた姿を見た事も無い。
華夜様が気付いているか否かは解らないけれど、誰か心ない人間に羽根を折られた小鳥は確かに可哀想だ。でも、今まで何の縁も無かった小鳥に対して華夜様が涙を流す姿は、僕にとって理解し難い感情だった。

「だってっ、だって…かわいそうじゃない……っ! この子は今まで、自分が当たり前にできてたことが、できなくなっちゃったんだよ…っ? 真っ青な空を、自由に飛べていたのに…今はもう、ただ見上げることしかできない…!
それって、そんなのって……あんまりだよ…!!」

僕の疑問に対してそう答えを寄越した華夜様は、慈しむように両手で小鳥を包み込んだ。
そして宣言した。「この子はわたしが育てる」と。

それからというもの、華夜様は小鳥を大切に育てていた。大人達に頼る事なく、僕に頼る事もなく。
自分自身の力だけで、小鳥を育て上げた。
その間、華夜様は小鳥に空を飛ぶ練習もさせていた。
当時の華夜様はまだ子供だ。大人達の言う残酷な事実を受け止められなかったんだろう。


――しかし、それが小鳥の命の花が落ちる原因となってしまったのは…不運としか言いようがなかった…。

最初は、奇跡が起きたのかと思った。華夜様の手のひらから羽ばたいた小鳥は、ほんの少しだけ、宙を舞った。空を飛んだんだ。

「…!!」
…僕も華夜様も、凍りついたように身体を静止させていた。
咄嗟に走り出す事も出来なかった…。

庭の柵から宮殿の外へ飛び出そうとした小鳥が、…しかし柵を越える事は叶わず、降下して…。
ただの偶然だった。ただ不運な偶然が、重なっただけ。
けれど華夜様は自分を責めた。僕はその時の華夜様を、あれから数年経った今でも鮮明に思い出せる。

「…かいり…っ」
命を散らした小鳥を、ちいさな手で埋葬すると。
華夜様は小鳥と出会った日のように、いや…その時よりも多くの涙を零した。
「もっと、もっと生きたかったよね…! なのにわたしがっ、わたしが…!!」
「華夜様、貴女は何も悪くありません…ですから」
「ごめんなさい、ごめんなさい…ごめんなさい…っ!」
僕に抱きついて、縋るように泣き続ける華夜様を見て……僕は思った。

――…ああ、僕は…このひとを、殺してしまうんだと。

齢十六という若さで、少女らしい事も何も出来ないままに…姫神子としての『使命』という鎖に縛りつけられ、殺されてしまう。
そして、それを実行する為の存在が、僕という『守護聖』なのだと…僕はその時初めて自覚した…。

僕は、あの小鳥の羽根を奪った人間のように、華夜様という一人の少女の自由の羽根を奪い、殺してしまうのだ――…。




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