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水の姫神子
温もりを抱いて


「我、水神の僕…守護聖也。今ここに、姫神子は俗世を旅立ち水神へと還る」
厳かに行われた姫神子の儀は、守護聖であるカイリの声明によって淡々と進められた。

人の形を取ったカイリの声色からは、何の感情も感じ取れなかった。

けれど、華夜は知っている。
彼は誰よりも優しいひとで、彼は自分の事を想ってくれている事を。

「水神へ還り、俗世の形を失った姫神子の血肉は世界を巡りやがて万物の命の源となる。…姫神子は世界と溶け、世界に宿るだろう」

華夜は進み出る。カイリの隣を擦れ違い、祭壇を下りて…底の見えぬ、海へと歩む。
最初は太股あたりにあった水面が、段々と腰、胸、首を沈めていった。

華夜は振り返らなかった。
静かに地面を蹴り、海に身を任せ。


――海の底を目指して、沈んだ。




………。



……。



…。




華夜の心は落ち着いていた。
もはや水面など、米粒程の大きさにしか見えなかったが。
もう、この身が陸に上がる事はないのだから、関係ないと思った。

意識が朦朧としていく。息など、もう出来ない。
もう、目を閉じて。眠ってしまおうか…。


――そう、思った時だった。
(…え?)
誰かが、近付いてくる。
米粒程の大きさだったそれが、どんどん大きくなっている。

「――…っ」
声を発する事など、もう出来ないけれど。
華夜は懸命に、『彼』の名を呼んだ。


――そこにいたのはひとりの少年だった。

ひと纏めにされた長い髪は水の中で優雅に踊り、その身を包む和装は、相も変わらず着ている者の身体より一回りも二回りも大きい。
何だか背伸びした子供のようだと華夜は思った。

華夜の声に呼応するように、身体の輪郭がぼやけ、今にも泡沫と化してしまいそうな彼は柔和に微笑み。

「――……」
『華夜様』と、そう言って。


――華夜の身体を、包みこむように抱き締めた。
少年の腕にほとんど力は込められておらず、まるで壊れものを扱うかのよう。

…けれど華夜は、少年を『心強い』と思った。

そうして少年は、華夜とともに海底へと沈んでいく。
華夜は新たに伝わる少年の温もりに、安らかに目を閉じて…顔を埋めていた――……。










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