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水の姫神子
最期


――最期の朝日を、二人は揃って迎えた。
寄り添い、お互いの温もりを感じながら。

儀式の準備は、巫女達の手によって滞りなく進められた。
姫神子の儀の為につくられた水神を表す紋様が縫われた法衣を身に纏い、頭にはヴェールの付いた冠を、唇には鮮やかな口紅を塗った華夜は儀式の場へ赴いた。
その際巫女達が彼女を囲み、華夜はその中心でゆっくりと歩を進める。

『姫様』
返事はしなくとも、大丈夫です。
どうか聴いて下さいとカイリは言った。
華夜は腕輪を、もう片方の手でそっと握る。
…彼がふっと笑ったのが解った。

『…僕は、守護聖としての使命は重く、人道に反するものだと思っています。勿論、姫神子という存在に関しても、です。
それはずっと…今でも、そう思っています』

ですから…いつか、遠い未来…こんな儀式、無くなっていればいいと思うのです。
やはり、理不尽だと思います。嫌です。どうしようもなく、苛立ってしまうのです。

『生まれた瞬間から、重く苦しい使命を告げられ、儀式の為だけに育てられ。ひとりの人として見られず、その人生は十六年で終わる事を運命づけられる。
…そんなの、間違ってるのではないかと、僕は思います』

僕はずっと、姫様と共に生きて来ました。
姫様に名前を貰い、姫様の隣にいて、小鳥の世話をする姫様を見てきました。

そうして芽生えた感情は、とても大きく複雑で…時には身体をかきむしりたくなるくらい、耐え切れなくなる程で。
けれど、それでも感情を捨てられなかったのは…僕にとって、貴女の存在がどうしようもなく…絶対のものになっていたからです。

『僕が貴女と出逢えたのは、十六年前…貴女が姫神子として生まれ、僕が守護聖として生まれたからですね。…ふたつの存在が担う使命は重く、非人道的でしたが…今でも間違っていると思いますが…。
…その巡り合わせにだけは、僕は…水神様に感謝しているのです』

カイリは言葉を切り、暫く黙り込んだ。
そうしている間にも、華夜達の歩みは止まらない。
儀式を行う祭壇が、その向こうに広がる『海』が、近付く。

別れの時が、刻一刻と近付く。

華夜は腕輪を握る手に、僅かに力を籠めた。
もうすぐ、来るのだ。
世界へ、家族へ、彼へ別れを告げる時が。
この命を、捧げる時が。

『僕は今、本当に…生まれて来て良かったと、心の底から思えます。貴女の守護聖で、良かったです』

私も、貴方と出逢えて、良かった。
貴方が私の守護聖で、良かった。

カイリにきっと届くと信じて、想いを飛ばす。
…彼が、綻んだ気がした。


『――…お慕いしております、華夜様』

ああ、もう。
黙っていられるわけ、ないではないか。

華夜は大粒の涙を零す。立っていられなくなり、周囲の巫女達がある者は訝しげに、またある者は哀れむような視線を向けた。
それに華夜は気付く筈もなく、ただ涙を流し続けた。


――全ての感情を、綯い交ぜにして。




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