水の姫神子
告白
「…だって、僕は…巫女様が言った一言に、憤りを覚えたのですから」
カイリは華夜の瞳を見つめる。慈しむようなそれに、華夜はどこか安心感すら感じた。
「…『もし手遅れになっていたら、姫神子様を水神様へ捧げる事は出来なくなっていた』。僕が憤りを覚えたのはその言葉でした。
……そう、僕は、守護聖ならば当然と思う筈の事に憤り…苛立っていたんです」
顔を歪め、ぎゅっと握り拳をつくるカイリ。
目まぐるしく変わる表情は、彼の心の混沌を表しているかのようだ。
「巫女様の言い方は、許せなかったんです。
あの言い方ではまるで…姫様は水神様へ捧げる為の『モノ』だと言っているようで…」
僕は嫌でした。
姫様が助かった事への安堵が、ただひとりの人の命が助かったのだという喜びから来るものではなく…。
『水神様へ捧げる姫神子様』が助かった、これで儀式が予定通り行えるのだという喜びになるなんて。
姫様の事を、まるで人として見ていないように感じられて…憤っていたんです。
「でも、僕は何も言えませんでした。
…だって僕は、守護聖です。僕は姫神子様である貴女を、儀式の場までお連れするのが使命。
そんな僕が、姫様の事を人として見ているだなんて…そんな、あるまじき事…言える筈がないと……そう…思ったんです…」
…結局僕は、自分が可愛いんですね。
自分の使命から目を背けたかと思えば、時にはここぞとばかりに『使命』を掲げて自分を護るんです。
そうしなければ、僕は存在価値を失ってしまうと。
「…それを免罪符にして、…姫様にも何度となく心の内で言い訳をしていました。僕は守護聖だから、貴女は姫神子様ですからと。…そしてまた、僕は考えを翻して…ひとり勝手に憤るんです。
姫様を、ただ『姫神子様』としか見ない人に対して…苛立ちを覚えるんです。
……本当に、僕が言えた事ではないのに」
カイリはそう静かに告白し、その顔は再び自嘲の笑みを象った。
「……カイリ」
そんな彼に、華夜はただ、名前を紡ぐ事しか出来なかった。
「…姫様。姫様はあの小鳥の事を覚えていらっしゃいますか?」
華夜は無意識に目を見開く。
…忘れようもない。まだ自分が幼かった頃、自分が原因で死なせてしまったかの小鳥の事は。
「…ええ」
「あの小鳥が死んでしまった時、気付いたんです。僕はあの小鳥が大空に羽ばたく為の翼を折った、心ない誰かと同じなのだと」
静かに頷く華夜に淡々と告げるカイリ、しかしその声色は決して冷めたものでは無かった。
寧ろ悲しみに満ちた、彼の苦悩を窺わせるには十分なもの。
「カイリ…そんな…私はそんな事、思っていないわ…」
「…僕も、それは解っています。…僕の、僕の知る姫様は…そういう方ですから」
華夜の胸の内を、どうしようもない悲しみが占める。
何故だろう。自分が彼に信頼され、大切に思われている事は十分過ぎるくらいに理解出来たのに。
…どうしようもなく、苦しかった。
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