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水の姫神子
最低の守護聖


「貴方、自分が何の為に存在しているのかちゃんと理解しているの?」
「…はい」
いつの間にか暗闇に覆われていた視界。
はっきりしない意識の中、華夜は誰かの声を耳にした。

「貴方は姫神子様の命を危険に曝したの。しかも儀式の前日にだなんて…」
「すみません…その、」
「言い訳は止して頂戴」
ぴしゃりと言い放つ女性の声は、随分と冷たく重たかった。
対する少年の声は、酷く落ち込んでいた。そして華夜は、この声の主に心当たりがある。
(…かい、り?)
未だ重い瞼を懸命に開けようと苦心する華夜をよそに、女性は再び言葉を紡ぐ。

「もし、あの時手遅れになっていたら…私達は水神様へ姫神子様を捧げる事が出来なくなっていた。それがどれだけ恐ろしい事か、守護聖が理解出来ない訳ないわよね」
「! ……っ」
少年は言霊を発する事なく、口を噤んでしまう。目を瞑っている華夜にもそれは空気で伝わってきた。
それは、少年の重苦しい佇まいに、覚醒を始めた華夜の心が居たたまれなくなる程に。

「…私は、もう行きます。今度こそ、守護聖としての使命を果たしなさい。
……もう、明日で終わりなのだから」

その言葉を最後に、女性は部屋を出て行った。
慎ましやかに閉ざされた扉の向こうに消えた女性は、やはり小さな足音を立てて去って行く。
華夜が目を開け、声を発する事が出来たのはその足音が完全に遠ざかってからだった。

「…か、…いり?」
「姫様!」
華夜を覗き込み安堵の声を上げるのは、やはりカイリであった。
「…姫様、体調の方はいかがですか? どこか身体に異常などは…」
心底喜ぶように声を上げたかと思えば、カイリは今度は眉を寄せ、酷く心配した様子で華夜に問いかける。
華夜はそんなカイリに申し訳なさを感じつつ、「大丈夫」と顔を綻ばせた。

「…そうですか…良かったです。…本当に…」
最後の方は消え入るような声で呟いたカイリに華夜は内心で疑問を抱きつつ、別の質問を投げかけた。
「…私…どうしちゃったの?」
「…姫様は、聖水の中で溺れてしまわれたんです」
起き上がろうとする華夜に手を貸しながら、カイリは言った。
華夜は窓に目を遣る。聖水の中に入った時はまだ真っ昼間だったというのに、今はもう外は暗かった。
――…最期の夕焼け、見れなかったな。
そんな郷愁にも似た思いを馳せる。しかしもう、そんな事を言っても仕方がなかった。
…失われた物はもう二度と、戻らないのだから。

「…僕が気が付くのが遅かったせいで、こんな事に……すみません」
窓の外を見つめていた華夜の思いを察したのだろうか。
カイリの声はどんどん暗くなっていった。
華夜が何事かを言う前に、彼は言葉を重ねていく。

「…姫様を護るのが、守護聖である僕の…ただ一つの使命なのに」
それなのに。

「さっき、湊使家の巫女様に言われてしまいました。お前は自分の使命を理解しているのかと。…そう言われても、仕方がないんです。
僕は姫様の命を危険に曝した。…あともう少し、助けるのが遅れていたら……手遅れになっていたかもしれませんでした。
…守護聖が、聞いて呆れます」
自嘲の笑みを浮かべるカイリに、華夜は何も言えなかった。
自分が何を言っても、慰めにもならないと思ったから。

「……過去にいた守護聖の事は知りませんが。僕は、自分が歴代の守護聖の中で最低だと思います。だって僕は…」
カイリは言葉を切り、華夜から目を逸らし…やがて俯いてしまう。
華夜は辛そうな彼の姿に、見ているだけで胸が締めつけられた。

「…!」
…暫くの間を置いて顔を上げたカイリは、泣きそうな顔をしていて。
華夜はもはや声すら上げられなかった。



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