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水の姫神子



――旅と言えど、姫神子と守護聖の二人で世界中を練り歩くわけではない。
湊道家に代々仕える『湊使家(そうしけ)』の当主が操る馬車に揺られ、神に一番近い町と言われる都市へ向かう。
そして、水神が眠る『海』に身を沈める。姫神子の儀とは、端的に言ってしまえばただそれだけの行程しか踏まないのだ。

一日目も二日目も、さして変化は無かった。
馬車の窓から見える風景も、夜を越す為に立ち寄る町並みにも。

「姫神子様」
皆そう言って華夜を前に手を合わせるか、あるいは哀れむような視線を向けるだけであった。

「生きたまま水神様の下へ旅立つ…それが姫神子様でしょう?」
「素晴らしい事です。貴女は水神様に許された御方なのですよ」
「おねえちゃんが、ひめみこさま?」
「……可哀相な子」
「やはり、湊道家は…」
「姫神子様」
「ひめみこサマ」

……。


時の流れなど、あっという間だった。
元々この世界エリアスは、大して広い世界でもない。
気が付けば、華夜達は姫神子の儀を執り行う都市『リイール』まで辿り着いていた。


儀式を翌日に控えた姫神子は、生まれ育った宮殿にあるような聖水で身体を清める。
水神へと身を捧げ、人としての器を捨てる前の…禊のようなものだ。

華夜は禊用の装束に身を包み、聖水に身体を預けた。
万物の命を創りし水は、母の胎内のような温もりを華夜に与える。
時を刻む毎に、ゆっくりと沈んでいく華夜の身体。
微風に揺れる水面を遠くに見ながら、華夜は思う。

――華夜は十六年前、姫神子として生を受け、今までずっと今日この日の為だけに生きてきた。
それを疑問に思う事などなかったのは、産まれた頃から周囲の者達に言い聞かせられて来たから。
みな、『お前は水神様の膝下へと旅立つ』と言った。
幼い頃にはそれが『死』に繋がるのだなんて気付く筈もなく、ただその言葉を鵜呑みにしていた。
むしろ誇らしい事なのだからと、早く十六歳になりたいと夢見た程だ。
そうやって長年教育され続けていれば、それに疑問を持つ事など考えられない。まず念頭に疑問など浮かび上がらない。とかく華夜は生まれ育った環境からか、周囲の大人の言う事は何でも信じた。

『死』という感覚は解らない。解りようがない。
けれど、『自分が世界の糧になる』という感覚は、想像する事が出来た。
世界の糧になる。自分が水神の下へと逝けば、自分の血肉は世界を守護する水に溶けてひとつになる。
そうすれば巡り巡って、やがて世界の人々の護りとなり、血肉になるのだ。
自分の身ひとつが、世界中の人々の幸せへと繋がる。それはどんなに素晴らしい事だろう?
(……でも)

――…そう思っていた、筈なのに。
華夜は死を翌日に控えた今、自分の心が聖水の温もりに反して冷えていくのを感じていた。
それは、何故だろう?

――世界の為に、人々の為に、この身を捧げる。
それは素晴らしい事ではある。
しかしそれと引き換えに、自分は死ぬ。

水神の下へ逝ったからとて、どうなるかは解らない。
もしかしたら水神の力で、意識は世界に留まるかもしれない。
また逆に、自分の意識など…心など、跡形もなく消えて無くなるかもしれない。

…華夜は、後者の確率の方が高いな、と直感的に思った。
『水神様の下へ旅立つ』など、口当たりの良い出任せだとすら感じる。

(だって、私は死ぬ。旅立つんじゃない。命を沈める…ただそれだけなんだもの)

きっと自分は、世界の為に死んで。そのまま、世界のその後を見る事もなく。
心も、身体も、何もかも…失うのだろう。

(――私が……)

(――…私が生まれてきた意味って……あるのかな……?)


…聖水の中で、ひとり。
そんな華夜の問いに答えてくれる者は、誰もいなかった。



………。



……。



…。





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