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水の姫神子
衝撃

しかし。
華夜の耳に届いたのはカイリの呼び声ではなかった。

それは鐘の音。
高く聳え立つ宮殿の頂点に備え付けられた、時の数を刻む鐘の音だった。

「………」
「……」
厳かに響く音、それは回数にして十二回。
その間、二人は無言で見つめあっていた。ただただ、悲痛に顔を歪めて。
内にある想いは果たして同じなのだろうか…?

十二回鳴った鐘。日付が変わった事を意味するそれは、華夜にとってもカイリにとっても、重要な意味を持っていた。
日付が変わったという事はつまり…華夜が姫神子として、旅立つ日がついにやってきたという事なのだ。

「……ぁ」
鐘の音の余韻が去り、再び辺りが飲み込まれそうな静寂に包まれる。
その時、ずっと華夜に伝わっていた温もりが離れていってしまった。
無意識に声を漏らした華夜は、縋るような目をカイリに向ける。
カイリはそんな彼女から目を反らす。先にあったようなその反応に、華夜は心の中の期待が真っ黒に塗り潰されていくような気がした。

「……ごめんなさい……姫様」

――その言葉を聞いた時の華夜の衝撃は、筆舌し難いものだった。
まるで平衡感覚を失ってしまったかのように、今自分がちゃんと両足を地に着けられているのか解らなくなる。考えている余裕などどこにもありはしない。
自分がどんな顔をして彼を見ているのかも解らない。彼がどんな思いでいるのかも、察する事なんて出来る筈がなかった。

カイリはそのまま、再び華夜を見据える事なく……その姿を黄金の腕輪へと変えた。
赤の絨毯に落ちたそれはただ空しく、華夜の心に暗い深い影を落とした。

華夜はそっと、腕輪を拾い上げる。
その重みは、普段はとても安心出来るものなのに。
今はただ、心の影を色濃くする要因にしか成り得なかった。

「……ぅっ…うぅ…っ!」
…腕輪を握り締め、華夜はただ、泣いた。
大きな瞳から波のように溢れ出たものは、幾度も幾度も華夜の頬から流れ落ち、その手に持つ腕輪を濡らしていく。

しかし。
涙に濡れる腕輪は、ただ鈍い光をその身に宿すだけで…物言わず。

彼が…言霊を発する事は無かった。




………。



……。


――結局、あれからいつどうやって自室に帰ったのか。
早朝、いつも通り自室のベッドで目を覚ました華夜は全く思い出せないまま、ゆるりと身体を起こす。

「……。…お早うございます、姫様」
「……お、…はよう」
そんな彼女の目の前に立つのは勿論カイリだ。
彼は数時間前の事など無かったかのように、けれど若干の翳りを持って笑みを浮かべていた。
そしていつものように、ベッドから出る華夜の手を取ろうとする。
「…っ」
「…ぁ…」
しかし、華夜はカイリの手から逃れるように早々とベッドから出る。
その時彼女の視界の隅に映ったカイリの顔は、見ているこちらが胸を締め付けられるもので。
後ろ髪引かれる思いで、たまらず華夜は言った。目を彼に合わす事なく。

「……ごめんなさい…」


ただ、それだけしか言えなかった。




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