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短編/外伝集
彼女は、忌み子ではなく。

──僕は、塑羅さんの力になりたい。支えたい。
──もっと僕のことを頼って下さい。

その想いを込めて、僕は塑羅さんを一心に見つめる。

塑羅さんには元気になって欲しい。
悩み事があるなら相談して欲しい。
…そう思うのは僕のエゴだろうか?

…いや、そんな筈は…無い。きっと。

僕の想いが伝わってくれたのか、やがて塑羅さんはよく耳を澄まさなければ雑踏にかき消されてしまいそうなくらいのか細い声で言った。
「…リト。ちょっと…付き合ってくれる?」


塑羅さんに連れられたのは、城下町の外れにポツンとある、小さな林だった。
林の中に泉もあり、それを樹木が囲むように立ち並んでいる。
塑羅さん曰く、故郷によく似た場所があったらしい。
故郷ではその場所以外、居場所が無かったとも続けた。
…僕は情けないことに、何も言えなかった。
居場所が一つしかないなんて、僕には考えられないことだったから…。

塑羅さんは暫くじっと空を見上げていた。
僕には、塑羅さんが何を思っているのかは解らない。

やがて僕の方に向き直る。そして、決意を帯びたような表情で言った。
「……今日ね。僕の母親の…命日なんだ」

──予想だにしなかった言葉に、時が止まったような錯覚を起こした。

塑羅さんは続ける。
「僕が産まれてから母親が自決するまでの一週間、集落では忌み子が生まれた忌み子が生まれたって大騒ぎだったんだ」
塑羅さんは、偶然見つけたお母さんの日記からそのことを知ったらしい。

「レスタル神の血を穢した忌み子なんて殺してしまえって言われてたんだけど、それは母親が自決したことで免れた」
「…母親が僕のことを助けたんじゃないかって思った?残念、母親はただ『忌み子を産んでしまった』という事実と、それに対する集落の人間達からのバッシングに耐えられなかっただけ。…僕も人のことは言えないけどさ」

其処まで淡々と言ってから、今度は酷く哀しげな顔で。
「…母親は、最期の時まで僕に名前を付けてくれなかった。遺した遺書も、日記の最後の言葉も、全部姉さんに宛てたもので…」
「僕は…ぼくは結局、娘じゃなかったんだ。『産んでしまった忌み子』だったんだよ……」

塑羅さんが故郷では忌み子と呼ばれているのは聞いていた。その理由も。
けれど、今までこと母親に関することだけはずっと隠されていた。
それとなく聞いてもはぐらかされたから、言いたくないことなんだなと思って以降聞かないようにしていたんだけれど…。

母親に愛されなかった。
きっと、その事実を認めたくなかったんだ。
僕に話すことで、言の葉に乗せることで、それを事実として認識してしまうのが、嫌だったんだ。

塑羅さんは泣いていた。
声も上げずに、静かに。
まるで、何かに耐えているかのよう。
僕は、そんな塑羅さんを見ていられなくて──

──気付けば、抱き締めていた。

「……ぁ…」
「僕、こんなことしか出来ないですけど。
塑羅さんの傷み、癒やすことも出来ないですけど…」
塑羅さんの身体は小さくて、力を込めたら壊れてしまうんじゃないかと不安に駆られた。

「でも、僕は…僕は、塑羅さんのこと…!!」
解って欲しい。
貴女のことを、必要としている人間が居ることを──。

「…どうして…?」
「……」
「たっだひとこど…愛してるっていっでほしかっだ…それだけだった、のに…!!」
「……はい」
「ぼく、なにもしてない…うまれてきた、だけなのに……」

「…う…ぅうう……うぁぁあああん!!」

僕の胸に顔を埋めて、塑羅さんは大声を上げて泣いた。

「夢でっ、いわれるの!なんでうまれてきだのって!!…なんで…忌み子がうまれたのって……!」

彼女の悲痛な声が、苦しい。

…どうして、彼女は忌み子と言われなくてはいけないのだろう。
普通の人と何も変わらない心を持っているのに。
こんなにも小さい彼女が。泣き叫ぶ彼女が、忌み子?
何を馬鹿なことを言っているんだ。

僕は、彼女に此方を向かせ、それから彼女の左目を隠している長い前髪をそっと掻き上げた。
刹那、彼女は目を見開いた。

今まで隠されていた森色の瞳も、右の紅い瞳と同様に潤み、大粒の涙をこぼしていた。

──ほら、やっぱり。
彼女の額に、自分の額を合わせた。
其処で初めて気付く。僕も泣いていた。
お互いの涙が混じり合い、僕と彼女の境界がぼやけた。

二つの色と目が合う。
彼女は、僕が泣いているのに驚いている様子だった。

「りと……なん、で…?」
「塑羅さんは、違います」
「ぇ……?」
「塑羅さんは、忌み子なんかじゃないです」
「……!!」

そうだ。

──彼女は、忌み子なんかじゃない。




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