短編/外伝集
本当に
「ベリさん、どーしたの?」
「! あ、いえ……何でも、ないわ」
「ふーん。まあいいけど」
ベリルはオブシディアンの呼び声に我に返る。いつの間にか、あれこれと思考に耽ってしまっていた。
(……ベリさん、って)
だがしかし、気になる事があるとすぐに考えてしまうのは生来の気質だろうか。
――オブシディアンは初め、ベリルの事を『ベリルさん』と呼んでいたのだが。この島に住み始めて暫くしたら、急に呼び方を現在の『ベリさん』に変えてきた。
ベリルには、その理由は全く見当もつかない。ずっと疑問に思っていた事だった。
「……ねえ。オブシディアン」
「んー? なに、ベリさん」
「……どうして、私のことを『ベリさん』って呼ぶの?」
「いけない?」
「……いえ。いけないわけでは無いけど……」
まさか即座に質問を返されるとは思わず、ベリルは声を落とした。対するオブシディアンは、ベリルの様子に何を思ったのか。苦笑しながら、
「ベリさん、の方が親しみを感じるじゃん? 愛称ってそーいうもんでしょ」
「愛称……」
「え、そこから疑問に感じちゃう?」
「い、いえ。違うわ。そうじゃなくて……」
反射的に否定したものの、続く言葉は出てこない。困窮したベリルが内心慌てていると、オブシディアンはにこりと笑って。
「――……ベリさんってさ、本当に変な人だよね」
「へ、変っ!?」
「あれ、前に言わなかったっけ。オレの中でベリさんの第一印象は『変な人』だったんだけど」
「初耳よ、そんなの……!」
唐突に、しかも第一印象から変な人だったなどと言われて、ベリルは非常に困惑した。そんな風に思われるような事はしていないつもりなのだが。一体オブシディアンは何を考えているのだろう。
「心当たり、何にもない?」
「……? ……ええ」
「そっか。じゃあますます変な人になるね」
「えぇ!?」
訳が分からない。向こうで勝手に納得されても困る。さすがに納得行かないので、詳しい話を聞こうと口を開きかけると、
「ベリさん。そろそろ準備始めないと時間ヤバくない?」
「えっ……あ!」
壁に掛けられた時計を見れば、予定していた時間をとうに十分は過ぎていた。早くしないと他の人間が起き出す。
「手伝おうか?」
「い、いいえ。大丈夫よ」
申し出はありがたかった筈なのに、なぜかベリルは断ってしまった。それは変人扱いされた直後だったからか、他に理由があったのかは定かではない。
「そっか。じゃ、よろしく」
忙しない様子でリビングを去っていくベリルを、オブシディアンは軽く手を振って見送った。
「――……ふー」
キッチンの方から聞こえてくる物音を耳にしながら、オブシディアンは小さく溜め息を吐いた。窓に背中を預けて、どこか遠くを見るように目を細める。
(……自覚なし、か。ホント、ますます変な人だよ)
初めて出会った一年前、オブシディアンはベリルに命を救われた。どうやらベリルは何も気が付いてないようだが、オブシディアンからすれば可笑しな話だと思う。
(……だって、変じゃないか。見ず知らずの人間を、わざわざ助けようとするなんて)
断罪者は血なまぐさいその役割から、他の人間には忌避されていた。ベリルの所属する魔道具技術者も、自分に近付いてくる人間なんて誰ひとりいなかったのだ。
……一年前、故郷を失ったあの日。彼女が自分を助けるまでは。
(オレを見る目が、何だかいつも不自然なんだよな。……なんていうか、)
――泣きそうな、目だと思った。
何を思ってるのか、分からない。オブシディアンのベリルに対する印象はそれだった。
気遣うような、心配するような表情を見せたかと思えば、なぜか自分を避けて来たり。その割には、悲しそうな眼差しを自分に向けてくる。
訳が分からない。響界を出てから、散々考えていたが。未だ答えは見えない。
一応今のところは、エルを助けた恩義などを感じているから自分を気遣っていて、けれど積極的には関わりたくない手合いなのかと思っているが……正解している自信はない。
(多分、間違ってるんだろうな……)
響界でベリル達を助けたのは、もともと響界を出ようとしていたのもあるし、ベリルに命を救われた恩を返そうとしたからだ。そして、それはベリルも知っている筈。
――つまり、エルを助けた恩義などをベリルが感じる必要はないのだ。
けれど、ベリルは何度となくオブシディアンの考えを飛び越えてしまう。だから彼女の考えている事は、全く掴めない。いつか掴めるようになる、なんて希望的観測もなかった。
「……何考えてんだか」
オブシディアンは自嘲めいた笑みを浮かべる。ベリルとずっと一緒にいるわけでもあるまいに、『いつか』を考えるなんて滑稽にも程があるだろう。
「――……本当に、あなたは変な人だよ。……ベリルさん」
目を閉じて、耳を澄ませる。ベリルの作り出す音に身を委ねて、オブシディアンは思考を切った。
End.
(→次ページは後書きです)
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