短編/外伝集
目は口ほどに
――早朝に目を覚まし、七人分の食事を作るのはベリルの日課だ。
響界を抜けてからもう一年が経つ。この生活に身を投じた頃はなかなか大変だと感じていたし、カヤナに手伝って貰ってばかりだった。
だが、カヤナは自分と違い島の外へ出なければならない時がある。それを鑑みると、島からは出られない身である自分はあまり彼女に頼ってはいけないと思っていた。
エルに関しても同様だ。よく自分を助けようと気を利かせてくれるが、彼女はまだ小さな子供だ。響界の実験の日々から逃れられたのだから、もっと自由に過ごして欲しいと常々思っている。……今の環境もまた、『自由』とは程遠いかもしれないが。少なくとも、響界にいた頃よりは幸せだと信じたい。
(響界にいた頃よりは……)
そう心の中で呟いた時、ベリルの脳裏にはもう一人の顔が浮かんだ。自分やエルと共に響界を抜けた、年下の青年。
(……)
彼もまた、響界にいた頃よりも『自由』で『幸せ』なのだろうか。その疑問を抱きながら、ベリルは自分の部屋から出、階段をゆっくりと降りていく。
「――!」
階段を降りると、視界にはリビングが映り――そこにいた青年の姿も認め。ベリルは思わず足を止めた。
その青年――たった今、ベリルが思い描いていたオブシディアンという青年は、虹色に輝く窓枠に腰掛けていた。外に向けられる黒の瞳には、普段見られるような笑みの色はない。
――目は口ほどにものを言う、という言葉をベリルは思い出した。今のオブシディアンの眼差しは初めて会った時と、全く同じに見える。無感情を装った、悲痛なもの。
「……ああ、やっぱりベリさんか。おはよ」
「……おはよう」
その表情が、いつもの笑顔に変わった。何も知らない身でいたら、きっと親しみやすい少年のような笑顔だと感じていただろうけれど。幸か不幸か、ベリルは彼の事を理解していた。
――初めて言葉を交わしたのは、一年前。オブシディアンの故郷が消えた日。そしてエルが、彼の手によって拾われた日だ。
気を失っていた彼を、助けたのが始まり。その時は、まだ彼は今のような悲痛な笑みを浮かべてはいなかった。
いつから、彼は変わってしまったのか。それは分からない。初めて話したあの時から響界を抜けるまでの数ヶ月間、ベリルは彼と一度も言葉を交わさなかったのだ。
たまに見かけても、彼は仮面を身につけていた。響界内であるにも関わらず、断罪者としての仮面を。
――きっと、悲しみに暮れているのだろう。ベリルはそう思った。
一介の魔道具技術者でしかないベリルには、彼が故郷を無くした事の確証は持てなかったけれど。それでも、家族の名を呼びながら涙を流していた彼の姿を思えば、容易にその推測に至れた。
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