短編/外伝集
乗ったのは他の人達
「――この家で男装する必要はないわよね?」
「……え、」
「な、い、わ、よ、ね?」
「…え、あ、あの、その」
「お、おいカヤナ落ち着け」
一言ひとこと言う度に顔を近付けてくるカヤナさんをぼくは無意識に怖がって、思わず身体を引いてしまった。そのままぼくは逃げるように、隣に座っていたベリルさんに寄り添う。
「ちょっと、どうして逃げるの! …どうして止めるの!」
逃げたぼくとタイガさんに怒った様子で、カヤナさんは口を尖らせる。…あああ、なんだかよくわからないけど。ぼくはカヤナさんを怒らせてしまったみたい。
「カヤナ、落ち着いて。最初の説明と最後の結論の間に、いくつかの文節が揃いも揃って限りなく抜け落ちてしまっているわ」
ぼくを安心させるように、ベリルさんはぼくの頭を優しくなでてくれる。…あったかい。やっぱりベリルさんは優しいひとだなあ…。
「ベリル。つまり私はこの子に、この家の中でだけでも男装を止めて貰って、もう少し女の子らしいことをさせてあげたいのよ。元々、響界の件は大人の勝手な事情。それをこの家の中でまでエルに押しつけたくはないでしょう?
…つまりはそういう事なのよ」
「……」
…カヤナさんはどうやら、ぼくのこの服装や口調のことを、すごく考えてくれていたみたい。それはすごく嬉しい、けど。
「あ、あの…カヤナさんの気持ちはすごく嬉しいです。ありがとうございます。でも…ぼくは今、別に女の子らしさとかそういうの、考えてないですから…」
「それよ!」
「えっ!?」
ぼくの主張が、ぴしゃりと撃ち落とされる。
「貴方は色々と私達に気を遣い過ぎよ! たまには子供らしく、大人達に甘えなさい!」
「いえ…ほんとに…その…」
ぼくは今のままで充分幸せですから、大丈夫です。そう言っても同じような流れで終わってしまった。
助けを求めるように、ぼくは自然とロウラに視線を向けていた。タイガさんは何だかカヤナさんの言葉に納得した様子だし、シディさんは笑っていて助けてくれる気配はなかったから。
けれど、ロウラは直接しゃべらないで、カヤナさんの陰に隠れた状態でジェスチャーをしてくる。
ええと、……『こうなった カヤおねえちゃん 止める むり あきらめよう』…。
「…べ、ベリルさん…」
ぼくは最後の砦であるベリルさんを見上げた。そういえば、ぼくの頭を撫でていた手がいつの間にか止まっていたけれど…。
…なんだか嫌な予感がする。そしてそれは、思っていた通りに当たってしまった。
「確かにその通りよね…」
うぐっ。
「せめてこの家の中でだけでも、エルに女の子らしく…そうした方がいいのかもしれないわね」
うぐぐっ。
「ねえ、カヤナ。それじゃあまず何をするつもりなの?」
……ベリルさんの声は少し楽しそうになっていた。ああ、もうダメだ…。
別に女の子らしくするのが嫌なわけじゃないけど…慣れなんかないから、恥ずかしい…。
「大変そーだけど。ま、頑張れな」
わざわざぼくの目の前まで来て、いつも通りの笑顔を浮かべるシディさん。…ううっ、大変だと思うなら助けて欲しかったです…!
そんなぼくの思いもむなしく、その後の話はとんとん拍子で続いた。
カヤナさんがシディさんやタイガさんと一緒に服を買いに行って、その間ぼくは迫り来る女装(…ではないけど)へのカウントダウンを、ただ指をくわえて見ていることしか出来なかったのです。
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