短編/外伝集
僕とフラグとエイプリルフール。
今日は四月一日、エイプリルフールだ。
こういった行事というかイベント事にはあまり縁の無い僕だけれども、今日は我ながら珍しく乗り気だ。
何故か? それは勿論、目の前にいる先輩のせい。
さっき僕は、『普段は君を押し倒すの何だの言っているが、本当は私が君にして欲しいんだよ?』などという先輩の嘘に引っかかって非常に恥ずかしい思いをしたのだ。
負けっぱなしは何だか気に入らないので、僕も何かしら嘘を吐いて先輩の鼻を明かしたいと思う。
「ん、何だ後輩君? 急に黙りこくって」
形式としては問い掛けているけれども、実際は君の考えはお見通しだよと言いたげににやついている先輩。
「別に…何でも無いですよ」
とりあえず問いかけに答えつつ、僕は先輩から視線を逸らして窓の外を見やる。
そうして時間を稼ぎながら、暫し考え込む。
どうにかこう、先輩がうっかり騙されてしまうような嘘が吐けないものだろうか。
「いやー、しかしさっきの後輩君ときたら。驚いた顔がとても可愛らしかったぞ」
「…馬鹿言わないで下さい」
考えている僕の邪魔をしたいのかそれとも素なのか、後ろで先輩は愉快そうに笑っている。
…いつもはやられっぱなしで終わるけれど、今日は違うんだとこの人に思い知らせてやりたい。
今一度心に誓って、僕は考える…。
――と。その時、天啓が僕の頭に雷のように落ちてきた。
そうだ。この嘘なら、きっと先輩は騙される――!
「先輩」
先輩が僕に騙される構図を思い浮かべると、正直笑ってしまいそうだ。
でも、ここはなるべく平常を装わないと。
「何だ、後輩君」
相変わらず先輩の顔は緩みきっていて、余裕綽々なのが気に入らない。
僕は復讐心を胸の内で燃やしつつ、嘘を告げた。
「フラグが立ちました」
「……は?」
予想外の発言だったのだろう。
ぽかん、と口を開ける先輩。その間抜けな顔に内心ほくそ笑みつつ、僕は言葉を続ける。
「先輩へのフラグが立ちましたよ」
「なっ…何だと?」
戸惑った様子の先輩に、僕はさも悲しそうに俯いて。
「…先輩、嬉しくないんですか。そうですか……残念です」
「……な、な…な…」
そんな僕の言葉にがたがたと身を震わせる先輩。
と、いきなりがっしりと両肩を掴んできた。
「そ、それは本当か後輩君ッ!!」
「嘘です」
顔を上げて真顔で即答。引き際は大切だ。
このまま嘘を続けたら色々されてしまいそうだし。
「……そうか…」
僕の答えに、がっくりと肩を落として俯く先輩。
「ようやく君が私に心を開いてくれたのだと思ったのだがな…残念だよ」
言って、はぁああ、と長く重い溜め息。
どんよりとしたオーラを纏う先輩に、僕は気分が良い反面少し哀れに思えてしまう。
ちょっと酷い事をした気がする。…いや待てよ。こうやって同情させるのは何かの罠かもしれないぞ…。
…でも先輩は本気で落ち込んでいるようだし、何かにつけて疑ってかかるのもどうなのかと思う。
僕がどうしたものか迷っていると、先輩は「後輩君…」と低い声で呼んでくる。
とりあえず返事を返してみると――。
「ぅわっ!?」
突然だった。目にも止まらぬ早さで、先輩にがばりと抱き締められてしまった。
「ちょ、…と。先輩!?」
「君がいけないんだぞ?」
抱き締められているから先輩の顔は見えない。
けれどその声色には先程までとは違う、怒りの感情が込められているような気がする。
「――…お仕置きしてやらなければいかんな?」
「っ…!?」
いきなり耳元で囁かれ、僕は先輩の吐息にびくりと反応してしまう。
先輩はそんな僕を嘲笑うように、「確かに、フラグは立ったようだな」と低く笑った。
いっ…、いやいやこれはマズい。このままじゃ何をされるか解ったもんじゃ…っ!
「いい子にしてなきゃ駄目じゃないか」
僕は何とか戒めから逃れようとするけれども、無駄だった。先輩とはいえ女性が相手なのに。僕の力が弱いのか、先輩の力が強いのか…。
「後輩君の立てた死亡フラグだ。観念したまえよ」
ああ、フラグってそっちの…。
今更ながら嘘を吐いた事を後悔する。けれど遅すぎた。
――僕はやっぱり、先輩には一生勝てそうにない。
僕は心の底では殆ど諦めつつも、何とか先輩のお仕置きが軽くなる方法を考えていた…。
End.
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