短編/外伝集
過去と今、大切なもの
カロレスは、自分の幼い頃のことをぼんやりとしか覚えていない。
それに対して悲観的になることは殆どない。ない、が。
(大事な人、沢山居た筈なんだ。居たはずなんだ…)
──自分にとって大事な人達だった筈なのに、どうして忘れてしまったのだろう?
嗚呼、ナサケナイ。
実の父親のことすら、これっぽっちも思い出せないのだ。
ただ、温かい人だった気がするだけ。
温かい声で、自分の名前を──。
『──』
……自分が『カロレス』と呼ばれるようになったのは、父親が居なくなってからだ。
では、父親には何と呼ばれていたのだろう。
『──』
…思い出せない。
自分は何を忘れてしまっているのだろうか──。
……。
唐突に意識が浮上する。
額に冷たい感覚があるのをカロレスは感じた。
「……ん?」
「あ、起きたっ!カロレス、大丈夫!?」
「大丈夫…?」
心配そうに自分を覗き込む双子に、カロレスは他人事のように笑う。
「どうした、二人とも。何かあったのか?」
カロレスの言葉が予想外だったのか、二人は目を見開いた。
「な、なに言ってるのさ、カロレス!……カロレスは、熱出して倒れちゃったんだよ!」「え?…そうだったのか?」
「ぼ、ぼく…みんなを呼んでくる…!」
早足で部屋を出るレイサーを見送ってから、カロレスはようやく自分の現状を把握した。
カロレスは自室のベッドに寝かされていた。
額の冷たい感覚は、乗せられた濡れタオルのせい。
窓辺から橙色の光が焼け付くように部屋中を差している。時刻は夕方頃だろう。
「みーんな心配してたんだよ!ホント、突然バッターンって倒れてさ…具合悪かったんだったら言ってよ!」
「はは、うん…ごめんな。今度からはちゃんと言うよ」
「絶対だよっ…!!」
スキルは目尻に涙を溜めながら言う。
──カロレスは、しつこいくらいに言わないとこっちの気持ちを解ってくれない。
長い付き合いでそれを理解しているスキルは、ただひたすらにカロレスに懇願するのだった。
レイサーが翠達を引き連れて戻って来ると、翠を除く五人はカロレスのベッドを囲むように並んで立った。
それに呼応するように、カロレスも起き上がった。
「カロレスさん、大丈夫ですか!?…無理はもうしないで下さいね」
リトの言葉に、無理していたつもりは無かったんだけどなぁ、と曖昧に笑った。
「体調管理も出来ないなんて情けないよ、最年長者!」
「はは…レナシスは手厳しいな」
でも、事実だ。本当に情けない。
体調管理には気を使わなければ。
「…熱、どう?」
「今の具合はどうですか」
「あぁ、痛みもだるさも無いし、起き上がっても何ともないから大丈夫だよ、ありがとう」
先程の会話で泣いてしまったスキルに抱き付かれ、宥めるように背中を撫でながら聞くレイサーと夜宵。
夜宵は普段通り無表情だが、何となく心配しているように見えた。
「…色んな人に心配掛けてたの、忘れないでよ」
「…そうだな。ありがとう」
またも曖昧に笑うカロレスを、塑羅はほんの少しだけ睨み付けた。
「……本当に解っているのか疑問だけど、今はそれよりも」
「…翠さん…」
リトの言葉を合図に、カロレスを含める全員が翠に注目する。と同時に、レイサー達はカロレスのベッドから少し離れた。
翠は部屋の入口から動こうとしなかった。否、動けなかったのかもしれない。
「う…ひっく…ぅううう…」
翠は手で顔を覆い隠していたが、それでも涙が溢れかえって指の隙間から流れていた。
肩を大きく揺らし、しゃくりあげる。
彼女は、静かに。静かに、泣いていた。
「…翠…」
「…っく…よかった…カロレスが…起きてくれて…ほんとうにっ……!」
よかった。ほんとうに、よかった。
そう言い続ける彼女に、カロレスは何と声を掛けていいのか、解らなかった──。
……。
カロレスは、自分の幼い頃のことをぼんやりとしか覚えていない。
それに対して悲観的になることは殆どない。ない、が。
少し、考える時がある。
…自分は翠達のことを家族だと思っている。
その気持ちに嘘偽りは無いが、ふと思う。
──自分が忘れてしまった人達も、昔の自分にとっては家族だったのではないだろうか。
どちらの家族を取るのかとか、そういう話ではない。
けれど、昔の家族を忘れてしまった自分が、それを思い出そうともせず、のうのうと今の家族との幸せを享受していいのだろうか?
(大事な人、沢山居た筈なんだ。居たはずなんだ…)
──自分にとって大事な人達だった筈なのに、どうして忘れてしまったのだろう?
嗚呼、ナサケナイ。
実の父親のことすら、これっぽっちも思い出せないのだ…。
(本当に…ナサケナイな、俺)
星空を見上げ、流れ星を零す彼を見た者は、誰も居なかった。
END.
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