赤イ花〜ひとひら〜
増えてゆく心霊写真
「……そういえば、自己紹介をしてなかったね。
――ボクは、『死神』」
ただ無情に、雑草を刈るように振り下ろされた大鎌。それは一瞬で赤い色に染まり、また同じ色の飛沫が幼子のつま先から髪の毛まで、すべてを分別なく穢した。
「死神名『アスタロト』。それが今のボクの名前だよ。…まっ、もう聞こえてないだろうけど」
アスタロトは冷たい瞳を『男でアッタモノ』に向ける。
彼の足元…赤い海に沈むソレは、もはやヒトではなかった。
「…さっさと済ませよ。こんなヤツの血にまみれるの胸糞悪い」
言い、アスタロトはその場にしゃがみ込んだ。そして赤い海に人差し指を立て、そのまま線を引く。
アスタロトは、男の赤い水で六芒星を描いたのだ。さらに六芒星を囲む二重丸には、奇妙な形をした文字が刻まれている。
「…西方の死神アスタロトの名において、この者に『裁き』の儀式を。輪廻の理から外れた永遠の牢獄を」
アスタロトは大鎌を六芒星の中心に突き刺す。
すると、それは鈍い赤黒いオーラを放ち男に絡み付いたではないか。
「サヨナラ」
大鎌を刺した位置に、ぽっかりと穴が開いた。
穴には底知れぬ闇が広がっており、何処に続いているのかも全く見当がつかない。
そして…男は音も無く引きずりこまれていった…。
「あーあ。きったない」
男が完全に六芒星に飲み込まれると、地面に描かれた六芒星やアスタロトの服に付着した返り血が跡形も無く消え去った。
しかしアスタロトは、男に触れられた訳でもない服を暫く忌々しげに払っていた。
――奴が捕らえられ死刑になるまでは、死んでも死にきれない……――
ふと。
夕方の老紳士の言葉を立て続けに思い出す。
そして言ってやった。
それは、死神としての言葉。
「…死刑に、してやったよ。あんたは平和に生きれるといいね」
言い、死神は再び闇夜に消えた――…。
「今日も人、いませんねぇ」
香織はカウンターに頬杖をつきながら退屈そうに言う。
「そうだね」
香織に同調するアステルは、いつも通り穏和な笑顔を湛えている。
翌日。
今日は、客が香織を含め三人しかいなかった。ここ数日で一番人がいない日だと香織は思う。
「あ、香織さん。テレビお願い」
「はいはい」
いつも通り、アステルが観るのは心霊番組。
いつも通り、メインは心霊写真の特集。
胡散臭い霊媒師が一つ一つの写真について熱っぽく語っていた。
「…うわー。今日はいつもより多いですね。ニュース番組の局から沢山の投稿…過去に収録したVTRの中にも心霊!?」
興奮気味に香織が声を上げる。
「しかもVTRの通り魔事件なんて『なかった』のに!」
…そのVTRには、あの男の姿など映っていなかった。
それどころか、あれほど世間を騒がせていた通り魔事件など『なかったこと』にされていた。
――死神の儀式、『裁き』を受けた者は…その存在が、生きていた痕跡が…跡形も無く消え去る。
だから……あの老紳士は此処にはもう来ない。
事故か、はたまた病気で亡くなった孫の死に打ちひしがれているかもしれないが。
しかしそれは死神には関係のないことだ。
「てーんちょっ。どーしたんですか?」
「え。あ、ううん。ボーっとしてただけ」
「珍しいですねぇ。てんちょーがテレビ観てる時にボーっとするなんて」
つまりそれは、テレビを観ていない時はボーっとしているということなのだろうか。
アステルはくすりと笑った。
「香織さん。今日も平和だね」
「え?何ですか突然。てんちょーは時々ヘンなこといいますね〜」
「そうかな?…うん。そうだね」
そう言い、アステルはいつも通り、人懐っこい柔らかな笑みを浮かべた。
End.
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