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赤イ花〜ひとひら〜
闇夜に浮かぶ


――闇夜に『ソレ』が浮かんだ時、時刻は深夜三時を回っていた。
まるで自分以外に生命など存在していないかのような錯覚を起こさせる…暗闇。
その中に、彼は居た。

「……」
僅かな街灯の光すらも反射しない、闇の衣で身を包んでいるその少年は、唯一光を反射する灰色の髪を揺らし、大きく跳躍した。
空を舞い、月の光を背に受けながら下界の様子を眺める。
住宅街、商店街、郊外には人を避けるように立てられた一軒家も見えた。

少年はやがて飽きたように景色を眺めるのを止め、ある住宅街の一角に目をつける。
「…みぃーつけた」
ペロリと舌を出す行為は、一見すると無邪気な子供のよう。
しかし彼の醸し出す雰囲気は異常だ。正常な人間なら誰しもがすぐに、この子供は普通の子供ではないと理解出来るほどに。
それはこの少年に染み着いた、死の匂いが…人間の生存本能を刺激するのかもしれない。


少年の右手には、彼の背丈よりも遥かに大きな鎌が携えられている。その大鎌は黒い霧のようなものに包まれ、全体を見通す事が出来ない。
もし、彼以外にこれを見るものがいたとしたならば。その人間は恐らく、ひどく不安定な心地になるだろう。
小さな身の丈には不釣り合いなそれを握り締め、少年は恐ろしい早さで下界へと落ちていく。

彼の目標地点は、とっくに決まっていた――…。



「――…!??」

その時。闇夜に月が浮かび、まだ星々が踊っている時間だ。
とある一軒家の住人である男は、大きく響き渡る音を聞き、飛び起きた。それは耳をつんざくような、高い音。


「…おじさん、こんにちは」

慌てて、音のあった方へ顔を向けると。

――…そこには、窓の破片を踏みしめ、恭しく挨拶をする幼子の姿があった。ついさっきまで窓ガラスであったものは、幼子の靴の下でぴしりと音を立てる。
幼子の手にはその身の丈には似合わない大鎌が握られており、その佇まい。
月光に当たっても闇色にしか染まらない黒衣といい、無邪気ながらもどこか違和感を覚える笑顔といい、それらすべてが『この幼子の異質さ』を象徴しているかのようだった。

「…なんだ、てめぇは」
(…なんで俺は、こんなガキに…?)

男は突然現れた少年に眉を顰める。なるたけ平静を装いつつ、そんな自分に戸惑う。
背格好を見るに、相手は六〜九歳の小さな子供だろう。恐れるどころか、いつもなら意にも介さない相手だ。男にとって、女と同等に殺しやすい相手なのだ。

なのに、なぜだろうか。


「こんばんは、はじめまして。ボクはね、今一人で散歩してたんだ。夜誰もいないところを歩き回るのって、何だか誰も入ったことのない洞窟を探検してるみたいでワクワクするんだよね。…他の人に言っちゃダメだよ?」

にこにこと子供らしい、純粋な笑顔を浮かべる。しかし言っている事は異質以外の何者でもない。
幼子の声のみを聞けば、親から隠れて家を抜け出したかったという好奇心に駆られた――ように見えるが。
その実、散歩などと称して彼は男の家に侵入しているのだ。派手に窓ガラスを割って、しかも傷一つなく。

「実はね、ボクはおじさんの秘密を知ってるんだー」

幼子は言い、その幼さにはあまりに不釣り合いな言葉を紡ぐ。

「おじさんは今まで、ボクぐらいの小さな子供をなんども殺してきたんだよね? なんどもなんどもなんども、ぶあつーい包丁でざっくーって。

――…ボク知ってるよ。おじさんは通り魔なんだよね?」

「なっ……!!」

男は驚愕した。今の今まで、男は犯行現場を誰にも見られた事が無かったのだ。それなのに、この幼子は自分の真実の姿を言い当ててみせた。もはや、男にとっては不気味な笑顔を浮かべながら――…。


「ねえ、人を殺すってどんな気持ち? すっごく快感だったりするの? 楽しいの? それとも、お金でも貰えるの?

ねえ、なんのために殺すの? 殺ってるの? 殺してるの?」


「あ……ぁ……っ?!」


その時、男は自分の身体がぴくりとも動かなくなっている事に気が付く。足も、腕も、指一本、髪の毛すらも全く動かない。


「………!!」

ついには声すら出なくなる。湧き上がっている感情は間違いなく、得体の知れないものに対する『恐れ』であるというのに。
男には、震え上がる事すら許されないかのようだった。


(たす…け……だれか、たすけてくれ…!!)

「…どうして、身体が動かないんだろうね?」

そう心で懇願した時、幼子は再び言葉を紡ぐ。男のすべてを地獄に落とす言葉を。

「どうして、窓ガラスを割ってあーんな大きな音を立てたのに、誰ひとりここに来ないんだろうね?

おじさん、奥さんいるのにね」



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あきゅろす。
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