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赤イ花〜ひとひら〜
老紳士の話


「――それじゃあ、私そろそろ帰りますね」

番組を見終えると、時計の針はもう17時半を指す所だった。
香織は他愛の無い話を切り上げて席を立つ。

「気を付けてね、香織さん。最近は変質者とかも多いみたいだし」

「だだっ、ダイジョーブですよ!」

そんな今から帰るという時に怖いことを言わないで欲しい。
純粋に心配してくれているのだろうが、そういう言葉はこちらの恐怖心を煽るだけだ。

「じゃあ、代金――」
「ああ、いいよいいよ。さっき怖がらせちゃったお詫び」
鞄から財布を取り出そうとした香織を制し、アステルは言う。

「そうですか? じゃあ…」
持っていた財布を、再び鞄の中に突っ込む。
謙虚な態度で振る舞っているが、内心ラッキーと思っていたりする。

とはいえ、普段からアステルは香織に代金をあまり求めない。
理由はアステル曰く『若い子が来るのはとても珍しいから』だそう。
以前その理由を聞いて、『てんちょーって実はすごく年上で、実はすんっごくロリコンだったりします?』だなどとからかい混じりに言ってみたら…。

『そっかそっかそういう事を言うんだね香織さんは。ふーん。へぇ〜……じゃあ今までのサービスは滞納料金って事にして、さらに利子付けていいかなぁ?』

…などと影の差した笑顔で言われてしまい、それ以来香織は店長をあまりからかうのは止めよう…と心に誓ったのだった…。

「てんちょーは相変わらず太っ腹ですね! さんきゅーです!」
香織はアステルを煽てるかのように、オーバーに一礼。

そして、湧き上がっていた恐怖心などどこ吹く風。
香織はアステルに見送られながら、軽い足取りで店を後にするのであった。




「――相変わらず、仲がよろしいんですね」

香織が店を出たタイミングを見計らったように、客の一人がカウンターの席に着いた。
客は小綺麗な服を着た老紳士で、二週間程前からこの店に出入りするようになっていた。

アステルは香織が使っていたティーカップを、カウンターの裏側に設置された洗い場で洗う。

「…別に、特別仲が良いわけじゃありませんよ。ただ、変わった子だなとは思います」

十四歳の女の子がこんな不気味な看板の店に通うなど、普通は有り得ないことだ。
しかも通う理由は『店長に会いたいから』。
誰の目にも変わった子に映るだろう。


「貴方は不思議な人です。…悩んでいること、悲しいこと…全部話したくなるような何かを持っています」

「……照れますね」

ティーカップに付いた水滴を拭き取りながら、アステルははにかんだ。
老紳士は細い目をさらに細くして、弱々しく笑った。


「…この店に来た日もそうでした。私はあの日、あの雨の中。…孫が通り魔に襲われて死んだと聞かされたあの日。私は何かに誘われるかのようにこの店に辿り着いたのです」

アステルから受け取った紅茶が、ゆらゆらと揺れる。
それを緩慢とした動作で飲み干すと、老紳士は笑顔を崩し、ティーカップを握る手に力を籠めた。
しかしその力は弱々しい。


「私は…未だ逃げ続けている通り魔を許せない。娘達の忘れ形見であった孫を殺した奴を…っ。奴が捕らえられ…死刑になるまでは、死んでも死にきれない……ッ!!」

「……」

アステルは神妙な顔で、黙って老紳士の話を聞いていた。


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あきゅろす。
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