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赤イ花〜ひとひら〜
喫茶店『アンクー』


住宅街の外れにひっそりと佇む、小さな喫茶店。
木で出来たその店は背の高い家々に比べ頭一つ低く、少し浮いている。

しかし、店の内装は至ってシンプル。
白い丸テーブルに、背もたれにほんの少し装飾が施されたイスが三つ。
それらをワンセットとして、合計五セット点在していた。
あとはごく普通のカウンター、その奥にキッチン。
何処からどう見ても、普通の喫茶店と何ら変わりない。

…内装『は』。

――そう、この喫茶店。外装が普通ではないのだ。
もっと細かく言えば、店の看板がどう見ても不気味。
ペンキで厚塗りされた板に、真っ赤な色で『アンクー』と店名が書いてあるのだ。
まるで血文字のような不気味さ。

それ故に、人々はこの喫茶店には近付かない。
…一部の人間を除いて。


「てんちょー。今日もお客さん全然いませんねぇ」

経営とか大丈夫なんですか?と聞くのは、十代半ばほどの少女。
少女は高く結い上げた黒髪を揺らしつつ店内を見回す。

確かに少女の言う通り、客は彼女を含めても四人しかいなかった。
少女は週に何度も此処に通っているが、何時も人は少ない。客が十人を超えたことなど、記憶を辿ってみても一回も無かった。

「別に気にしなくて大丈夫だよ。キミみたいに、毎日のように此処へ訪れてくれる人も居るしね」

カウンターの向こうで少女の問いに答えるのは、この喫茶店唯一の店員にして店長。
名を『アステル』という。
灰色の髪を持つ彼は見た目は十代後半から二十代前半に見えるが実際の年齢は不明、長めのもみあげを耳にかけている。

「…まあ、何て言うんですか…てんちょーってこっちが放っておけなくなるような雰囲気を放ってるといいますか。何か会いたくなっちゃうんですよね」

「へえ。それは嬉しいな」

ティーカップを入念に磨きつつ、アステルはにこにこと人懐っこい笑みを浮かべた。

――…と、壁に掛けられた時計が彼の目に留まる。

「…あ、もうこんな時間か。香織さん、いつものチャンネルにしてくれる?」

「もうっ。それくらい自分でして下さいよ」

不満そうに言いつつも、少女…日守香織(にちもり かおり)はカウンターの隅に置いてあったリモコンを取り、天井から吊り下げるように設置されたテレビのチャンネルを切り替えた。
テレビは平凡なトーク番組から一転、画面からはナレーションの恐ろしく暗い声が聞こえてきた。

「…心霊現象がうんぬんの番組、好きですよねぇ…」

「香織さんは嫌い?」

「最初の内は怖かったですけど。慣れちゃいましたよ。もう」

毎日このような心霊現象やら怪談話やらを特集した番組を楽しそうに観ている店長。
最初は心霊写真の一つで怖がっていた香織も、今は一緒に見ていられるだけの余裕を持てるようになった。
正確に言えば、番組を観つつにこにこと笑っている店長を見ている内に、怖がっている自分が馬鹿馬鹿しくなったのだ。


「…でも、何でこうも心霊写真が多いんでしょうね」

どの番組も怪談話よりも何よりも、心霊写真の特集が一番多い。
毎日毎日、スタッフが合成して作っているのではないかと疑うぐらい沢山の新しい心霊写真が出て来るのだ。

「うーん。世界が心霊で溢れているから〜…とか?」

「そんな世界嫌ですよ!」

「じゃあそうだなあ。同じ心霊でも、毎日姿形が変わるとか」

「…うぇぇー…」

何だかそれ、気持ちワルイ。
霊は実体を持っていないとはいえ、毎日わざわざ姿を変えて化けて出て来ないで欲しい。

「…ていうか。本当にこれ、本物の心霊写真なんでしょうか?番組のスタッフとかが合成したんじゃ…」

出て来る霊媒師の言っていることも、何だか説得力に欠ける気がするし。
香織の言葉を聞いたアステルは、静かに。


「―――…本物だよ」

「…!」

『かもしれない』でも『〜とか』でもなく、断定。
先程までと同じ穏やかな笑みを浮かべてはいるものの、どことなく冷たい印象を醸し出していた。
身体が急速に冷えていく気がするのは、何故だろうか――…?


「…あははっ。香織さん、どうしたの?」
「……ぁ」

香織の反応に、アステルは悪戯っぽい笑みを浮かべ。

「もしかして、怖くなっちゃった?」

「…いっ、いえ!」

…体温が、元に戻っていく。
アステルの様子も普段通りだ。

――さっきの彼は、ただ自分をちょっと怖がらせようとしただけなのだろう。
香織は違和感を感じつつも、自分を落ち着かせるため無理矢理納得することにした。


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