赤イ花〜ひとひら〜
奇妙な夢
――それにしても、と香織は横目でアステルを眺める。
テレビを楽しそうに観る店長の横顔を見ていたら、ふっと自分が初めてこの店に来た時の事を思い出した。
(確か…)
たった二ヶ月前のことだ。
香織は妙な夢を見た。
詳しくは何も思い出せないが、色鮮やかな赤色の花がとても印象に残っており、香織はその夢で見た場所を当時は一心不乱に探していた。
(このお店を見つけるまで、授業もなかなか手につかなかったなぁ)
思わずくすり、と笑みが零れる。
「ん?」
「あー、いえ。なんとなく、てんちょーと初めて会った時のことを思い出して」
香織は当時、学校が終われば家にも帰らずにあちこち歩き回り、夢の場所を探していたのだ。
「どうしたの突然。そんな昔の話じゃないのに」
おかしそうに笑うアステルに、香織は口を尖らせた。
「老け込んでるって言いたいんですか!」
「いやいや、違う!違うって!…ごめんごめん、ボクが悪かったよ」
香織は興奮気味にカウンターから身を乗り出し、アステルを力任せに叩く。
アステルは苦笑しつつ詫びた。
「香織さんみたいな若い女の子がこんな所に来るなんて初めてだったから、あの時は驚いたよ」
「…ほんとにてんちょーって年齢不詳ですね」
アステルから渡された紅茶を啜る。喉から伝わる熱を感じながら、香織は言った。
…店長は、見た目はそこまで自分と変わらない感じなのに、時々まるでおじいちゃんのような事を言ったりする。
つくづく年齢不詳だ。
「このお店を見た時、ふと夢の中で見た赤い花を思い出して」
誘われるように店内に入った。それがこの奇妙な店長との出会い。
「…なんでだろうね?」
店長とともに、揃って首を傾げる。
自分としても謎だが、店長からしてみれば『このお店見たら夢の光景思い出しました』だなんて、そんな事言われても…といった心持ちだろう。
「赤い花以外には、何も思い出せないんだよね?」
「はい。…他の事も思い出せたらいいんですけどねー」
何か大切な物を忘れている気がする。ぽっかりと空いた穴のように抜け落ちているような気がするのだ。
しかし日が経てども思い出せるのは鮮やかに咲き乱れていた赤い花だけ。
この状況はどうにももどかしい。
「…でも、その夢を見てから二ヶ月も経っているんでしょう?今思い出せないなら、もうこれ以上思い出すのは難しいんじゃないかな」
――ほら…夢って見ている間は鮮明な光景として記憶されるけど、いざ目を覚ました途端にそのヴィジョンが朧気になったりするよね。
「あれ…今なんの夢を見てたっけ」って。
「…だから、もう思い出すのは至難の業だと思うよ」
「……」
香織はアステルが、遠回しに「もう思い出そうとするのは止めよう。諦めよう」と言っているように感じた。
そして彼にそう言われると、諦めようかなという気持ちも生まれて来る。
――…でも。
「やっぱり…気になります」
その気持ちの方が、やっぱり大きくて。
香織は、アステルの顔を見ずにそう吐露した。
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