赤イ花〜ひとひら〜
奇妙な少年
「ぁ…」
ぽかんと開いた口から、知らぬ間に息が洩れる。
目の前に広がる光景は、少女にとって思わず放心してしまう程に、美しいものだったのだ。
「……」
闇夜の中に、ナニカが居た。
闇に紛れるようでいて、しかしその存在を主張する黒の塊。
ソレは少女の声にも反応せず、身動ぎひとつしなかった。
黒の塊の周囲には、鮮やかな赤色の花が咲いていた。
正確には、塊が立つ地面を中心に溢れんばかりに咲いた花は、ひとひらも散る事なく辺りに咲き乱れていた。
あまりにも美しく、あまりにも儚い。
少女はその絵画のような光景に、心を奪われていた。
「あ…あなた…は…」
少女は黒の塊を、ヒト、だと思った。
暗闇に慣れた目は、その背恰好からソレを子供だと認識していたのだ。
「………」
少女の声に呼応し、黒の塊が、動いた。
「…こんな時間に君みたいな子供が出歩くなんてね」
注視しなければ気付かない程のスピードで、ゆっくりと『ソレ』は振り向く。
幼い少年の声で、およそ幼子とは思えない口調で少女に言う。
「ねー。自分が非常識だとはオモワナイ?こぉーんな夜中にヒトリで出歩いてさ。ヘンなヤツに襲われても文句言えないよね?」
完全にこちらを向いた『ソレ』は、少女の感じた通り、小さな少年だった。
頭から脛あたりまで、闇夜を思わせる黒衣に身を包んでいる。
少年の表情は見えない。
頭に深々と被ったフードが、少年の感情を読むための要素を悉く排除しているのだ。
「ねーえ。きーてる?」
「あっ…ぁ……」
少年の呆れたような声が耳に響く。
声が、出ない。
自分は今までの人生、どうやって声を発していただろうか?
それも解らなくなる程だった。
一体何故?
顔も見えない少年に、自分より幾つも年下であろう少年に恐れを抱いているとでも言うのだろうか?
解らない、わからない、何も…。
「まぁいーや。ボクには関係の無いコトだしね」
言って、少年は赤の花を踏みしめながら一歩一歩少女に近付く。
少年が踏んだ花は、花びらが散るように赤の粉が舞い、やがて跡形も無く霧散していった。
先程までは美しく見えただろうそんな光景も、今の少女には恐怖心をさらに加速させる物にしかならなかった。
少年は少女の目の前までやってきた。身長の関係上少女を見上げる形になる。
初めて目にした少年の顔はやはり幼子のそれであった。
(…あ)
一瞬だけ恐怖心を忘れ、少女は少年の頬に付いた花びらに目を奪われた。
赤い、アカイ、花びら。
少年は気味が悪くなる程に整った笑みを浮かべ。
「ぜーんぶ、ゼンブ。カケラも遺さず。スッキリサッパリ忘れてくれると嬉しーなー、なんて」
いつの間にか手にしていた大鎌を、少女に――…。
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