element story ―天翔るキセキ― 果たしたい願い 「――……」 ……声が聴こえる。それは、さっきまで聴いていた、もうひとりの自分のものではない。しかし、ロックがよく知る人物のもの。 「……ろ……、……く」 早く、目を覚まそう。自分との対話は終わった。最後に名を聞いた、彼の為にも。――自分がやるべきことを、果たすのだ。 「……う……」 「!! ロック!」 ゆっくりと目を開けると、リピートとアリアが自分を覗き込んでいた。二人とも、その表情には心配と――安堵が浮かんでいるのが分かった。 「ロックー!」 「うわっ!?」 感極まったリピートにいきなり抱き締められ、ロックは思わず驚きの声を漏らす。 「ロック……やっと起きた……ぐすっ。リピートたち、ずっと、心配……」 「リピート……」 彼女の肩が震えているのに気付くと、ロックはそっと彼女の頭を撫でた。そのまま傍らにいたアリアに視線を向けると、彼女は普段よりも感情を露にした面持ちで。 「……目が醒めたようね」 「うん……そうだっ! ぼ、僕、エリィのエレメントロックを落として、それで……!!」 「落ち着きなさい、ロック! ……冷静に、自分の右手にあるものを確認するのよ」 「右、手?」 一旦リピートが離れ、ロックはゆっくりと起き上がる。そして、寝具に隠れていた右手をそっと目の前に出した。 そこには、間違いない。――エリィの遺した、虹色のエレメントロック。彼女のカケラが、握られていた。 「私達もシングから聞いただけで、詳しい状況は知らないわ。そのシングも、ギルドマスターからの話を私達に伝えただけだけれどね」 「……僕、気を失った時、落として……そう、身体が透けて……自分が、無くなっちゃいそうになったんだ」 ひとつひとつ思い出しながら、ロックは自分の身体に触れてみる。エレメントロックを握る右手にも、確かな感触があった。 身体も透けてなどおらず、そんなことがあった面影も見当たらない。 「……」 「ロック、大丈夫ですな……?」 「……うん。たぶん……大丈夫だと、思う」 ロックの頭の中には、気を失ってから目覚めるまでに見た、あの心の世界があった。 「……シングとセイルは?」 「シングは細かい状況説明と、これからのことについての連絡を聞きに行ったんですな。セイルは……付き添いっていうか、無理矢理ついていった感じですな」 「い、いいのかな、それ……。シングはリーダーだから、分かるけど」 「さあ……でも、セイルだけじゃないですな。色んな人が、ギルドマスターさん達に『これからのこと』を知りたいって。そう押し寄せてる状態なんですな」 「……そう、だよね」 ……あんなことがあったのだから。 それからロックは、シング達を待つまでの間、二人に今まであったことを話した。 心の中で出逢った――いや、再会した少年。かつての自分であり、しかし別人である彼は。 「だから僕は、本来なら……消滅するはずだったんだ」 「……!」 ふたりが息を呑むのを空気で感じる。 そう、あの金髪碧眼の少年は言っていた。『君が消えない理由は、目覚めればすぐに分かる』と。 ロックにはまだ、それが何のことだか見えていない。 「……もしかして」 アリアとリピートは、揃って顔を見合わせる。まるで納得するような出来事が有ったかのようなやり取り。 「……実は、その……ロック。落ち着いて、鏡を見て欲しいんですな」 「鏡?」 全く予想だにしない言葉に、ロックは首を傾げた。が、ふたりの顔は真剣そのもので、冗談を言っているような雰囲気ではなく。ロックは疑問を抱きながらも、アリアから渡された手鏡を受け取った。 「――え?」 そこにあった、自分の姿は。 毎日見ている自分の顔……そう。顔だけは、前と全く変わらない、が。 「こ、これ……どういう」 思わずアリア達に答えを求めるが、ふたりは首を振るだけであった。彼女達からすれば、こっちが聞きたいという気持ちだっただろう。 ロックの身に起きた異変、それは。 「……金髪に、青い瞳……」 今までロックが持っていた、橙の髪と紫の瞳――それらの色が、変質していたのだ。エリィや、心の中にいた少年とよく似た色に。 ロックはエリィ達と比べると、純粋な金髪碧眼とは言い難い。髪は元の橙色とグラデーションのようになっているし、瞳もエリィと比べると薄い青。 エリィの瞳が海の青なら、ロックのものは空に近い色だ。 「――それは、これから説明していく」 「! シング、セイル!」 扉が開け放たれた時、そこに立っていたのはシングとセイルだった。 「ロック、何だか随分と久し振りに感じるな」 「……うん、そうだね」 シングの顔には少し疲れの色が出ている。声にも、いつもより元気がない。 「……こいつは、『ロックが起きてこないから眠れない』、なんて甘えた事を言っていた」 「ちょっ、それは言うなって約束だろ!」 隣のセイルが呆れたように言うと、シングは恥ずかしいのか彼の声を遮る。 「大丈夫ですな、リピート達も同じですな! セイルだってものすごぉおおおーく、寂しそうにしてたですな!」 「馬鹿な事を言うな! お前は泣いてた癖に!」 「あ、でも心配してたのは否定しないんですな?」 悪戯めいた笑顔でリピートが指摘すれば、セイルはばつが悪そうに彼女を睨み付ける。……効いちゃいないが。 「アリアだって、寝てるロックを心配そうに見て……アリ、ア?」 全員の視線が、一斉にアリアに集まる。いつしか俯いていたアリアは、びくりと肩を震わせて。次第に、しゃくりあげるような声が漏れ出した。 「あ、アリア!」 「だ、大丈夫ですな!?」 ロックやリピートは慌てるものの、どうしたらいいのか分からず声を上げることしか出来ない。セイルはアリアの気持ちを察しているのか、静観している。 「アリアも、本当に心配して……不安だったんだよな?」 「うるさいわね! だから何よ!」 顔を上げたアリアの目には、大粒の涙が浮かんでいて。彼女の気持ちが、この場の誰にも痛いほど伝わってきた。 「……エリィも、いなくなって……ロックが帰って来たと思ったら、ずっと寝ているんだもの……! ばかよ……本当に。私、こんな一人だけ……ぐずぐず泣いて……。ほんとうに、ばか……っ」 「……アリア」 ロックは、再び思い知る。自分は決してひとりじゃないことを。大切な人を喪いたくないと想うのと同じように、自分のことを大切に想って泣いてくれる人がいる事実を。 「ありがとう……アリア。ありがとう……みんな」 ロックは、自然に笑うことが出来た。そして、今一度、決心する。 これから、すべきこと。自分がやりたいこと。果たしたい願いを。 [*前へ][次へ#] [戻る] |