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element story ―天翔るキセキ―
ロックの決意

 ロックの掌から放たれた赤の光の粒が、タイガの中に吸い込まれるように消えると。
 エレメントロックから出ていた白の光もまた跡形もなく消滅し、その場に静寂が訪れた。

「…………」

 誰しもが固唾を飲んで見守る中、ロックは手を下ろし、ゆっくりと目を開く。

「……ロック……」

 ――その時、タイガは驚愕のあまり声も出なかった。それもその筈だ。
 なぜなら、今の今まで命を失いかけていた自分の身体の傷が――完全に塞がっていたのだから。

「……タイガ様……」

「……どうやら、命を繋いだ……らしい」

 タイガは信じられないとばかりに、まじまじと左肩を見つめる。
 以前にエルが人形の片割れに傷を治療された(あくまで状況証拠のみの仮定だが)、という話は聞いていたが、それをロックが扱えるとは思っていなかった。

 思わずロックに視線を向ければ、彼はゆっくりと首を横に振って。

「僕の力じゃ、ありません。……エリィが教えてくれたんです。――父さんを救ってくれた時のように」

「……そう、か……」

 ヴァルトルは目を伏せる。息子がその力を使えたのは、あの少女の遺したエレメントロックがあったから……。
 複雑な想いが胸を締め付ける。それはレスマーナもランジェルも、リーブ達ですら同じかもしれない。

「……ロック、ありがとう。お前は、俺を助けないという選択だって出来た。仲間達を裏切り、あの少女を死に追いやったのにも加担した、俺を。
 だというのに、お前は俺を助けてくれた。それは、簡単に出来ることじゃない。

 ――……本当に、ありがとう」

「タイガさん……」

 しかしロックは気落ちした様子で、自らの気持ちを吐露する。

「そんな……凄いことじゃないんだ。僕はただ無我夢中で、……ただ、誰かを犠牲にしたくなかった。
 本当に、それだけなんだ」

「それでいい。そのお前の意志が有ったからこそ、あの少女の心は、お前を助けたいと願ったんだ。きっと」

 『自分はひとりじゃない』。それを知ることが出来たなら――そうタイガは言っていたのを思い出す。

「……ありがとう」

 タイガが頭を撫でてくれる。優しい温度は、彼が確かに生きていることを感じさせて。また、涙が浮かんでしまいそうだった。

「……タイガ!」

 周囲の緊張も解け、皆が安堵の息を漏らし始めた時。

(――あれ……?)

 ロックは、自分の身に違和感を覚えた。
 何かが……おかしい。そう感じたのと同時に、身体から不意に力が抜けて、立っていられなくなる。

「ロック?」

 膝から崩れ落ちたロックに、ヴァルトル達は訝しげに呼ぶ。その声が、ロックはどこか遠くに聴こえていた。

「な、に……? どうし……て」

 自分の両手が、透けている。いや、両手どころではない。ロックの全身が、背景に溶けてしまうかのように――輪郭を失いかけていた。

 頭の中が、真っ白になる。それは緊張などに寄るものではなく、文字通り『白』――何もかもが空白の中に消えてしまうような。
 自分という存在が消滅してしまいそうな、そんな恐ろしい感覚に支配される。

「ロック!!」

 ヴァルトル達の叫びとともに、ロックは全身から力が抜け……その場に倒れ込む。
 もはや、誰の声も聴こえない。

「あ……」

 倒れた際に、手にしていたもの――エリィが遺したエレメントロックが、転がっていく。

 いけない。大切なものなのに。自分が持っていなくちゃいけないのに。
 そう思うのに、身体は全く言うことを聞いてはくれない。それどころか、段々と視界も狭くなっていく。

 閉じていく瞼に抵抗を試みながら、エレメントロックに手を伸ばそうとした、その時だった。

「……っ!!」

 エレメントロックを拾うものが、ひとり。
 ロックからは足元しか見えなかったが、それは間違いない――ランジェルだった。

「やめ……おねが……」

 ……お願いだから、壊さないで。
 そう伝えることすら叶わず、ロックの意識は闇に沈んでいった――……。



 「ん…………」

 次にロックが目を開いたとき。そこには、なにもない空白の世界が広がっていた。

「ここは……?」

 辺りを見回しても、生物どころかなんの風景もそこにはない。不安に胸がざわついてしまうほど、この空間には何ひとつ存在していなかった。

 ――そう。

「!?」

 ロックと――目の前に突如として現れた、金髪の少年だけは。

「き、君は……?」

「……僕が視えるの?」

 金髪に碧の瞳を持つ少年は、幼い顔立ちに似合わず、落ち着いた声色で問いかけてきた。
 その声を、ロックはよく知っているような気がする。けれど、思い出せない。
 この少年に出逢ったこともないのに。――なぜか、懐かしさすら感じた。

「僕が、視えるんだね」

 少年はひとり納得したように頷き、ロックを真っ直ぐに見据えて。

「ここは、君の心の中にある、ほんの小さな空間。君の中で、僕が唯一息づく事が出来る場所」

 少年はどこに続くとも知れない白の空間を見上げながら、続ける。

「君が命の危険を感じた時、もしくは心の中に強く呼びかけた時。その僅かな瞬間にだけ、この空間への扉が開かれる」

 少年の夢物語のような言葉。常人が聞いたならば、にわかには納得し難い話だ。

 ……しかし。ロックは、少年の言葉を容易く受け入れていた。
 自分でも驚いてしまうほどに、少年の言葉は紛れもない――『真実』、なのだと。

「僕の心……。じゃあ、君は」

「そう」

 少年は強く頷き、

「僕は――かつて君だったもの。幾年かの短い間を人と共に生き、女神の選択を『人として』見極める為に、人となることを決めた存在」

 その為に、少年はエレメントクリスタルの群生地で二百年もの間、眠りについていたという。

 ――そう。かつてのヴァルトル達が、赤ん坊であったロックを見つけた場所でだ。

「でも……君はもう、僕とは違う。僕は人と生きる中で、女神への不信感を抱き、彼女に世界を壊されたくないと思った。女神の復活の為の人形にも、畏れや不安を抱いていた。

 けれど――君は違う」

 エリィのものを思い起こさせる、少年の透き通るような青い瞳が。碧に血潮の色を混ぜたような、ロックの紫の瞳を写した。

「例え、僕の記憶が無かったからだとしても。君は人形のひとりに恋をして、共にいたいと思っていた。その感情が、心の片隅にいた僕にも伝わって来るぐらいに、強く。

 それに……」

 少年は、僅かに躊躇うような仕草を見せた。それは瞬くほどの、流星のように短い間だったが。

 ……ロックは、彼がなぜ次の言葉を躊躇ったのかを理解していた。それが彼にとって、自分の決意を曲げることになるかもしれないから。
 そしてロック自身にとって、とても大切で、不安で――けれど成し遂げたいと思うことだからだ。

「……君は、女神イリスのことを、憎んではいないんだろう」

「…………うん」

「むしろ、救いたいとすら思っている。――かつての僕とは、全く逆の考えだ」

「……そう、だよね。やっぱり」

 ロックは苦笑いを浮かべる。と、少年が痛ましいものを見るように目を細めた。

「女神は、君が愛する者が消えた元凶。……そして、間もなく君が大切にする者達を、全て消してしまうかもしれない存在であっても?

 それでも、君は女神を……」

「――そうだよ」

 ロックが少年の感情を読めるように、少年もまたロックの考えを理解している。その上で、少年はロックに問いかけているのだ。

 どうして、そんなことをするのか。それすらも理解していながら、ロックは素直に、真っ直ぐな気持ちで答える。
 かつての、自分に。

「だって、女神がいなければ僕は生まれてない。エリィだってそうだ。
だからきっと、同情しているんだと思う。

 でも、だからと言って、このまま皆が死んでしまうなんて駄目だ。嫌なんだ」

 その『皆』には、きっと。

「誰のことも、犠牲になんてしたくない。女神……イリスのことだって。
綺麗事だって分かってる。でも、もし、それが叶えられる可能性があるなら。その力が僕にあるなら……。

 ――僕は、綺麗事でもいいと思うんだ」

 例え誰に非難されたとしても。この気持ちは、自分だけのものだから。

「……そう、か。そう、なんだよね」

 少年は、悲しげに笑みを零す。その顔立ちは、ロックとよく似ていた。

「ありがとう。……よく、分かった」

「ううん。こっちこそ、ありがとう」

 かつての自分との対話で、ロックは自分の『やりたいこと』に気が付き。さきほど意識を失うまで気落ちしていたのが嘘のように、元気を取り戻していた。

 それはやはり、この少年が自分に最も近しい存在であり、同時に最も遠い存在であるからだろうか。
 他人という言葉では括れず、しかし自分であって自分でもない。

 ロックは、自らも不思議に思うほど、すんなりと心に向き合うことが出来ていた。
 やりたいこと。成し遂げたいこと。それに気が付いた今、ロックがすべきことは現実へと覚醒することだ。


 ――はやく目覚めないと。そう考えた瞬間、ロックは大切なことを思い出した。

「……そういえば、あれは一体……」

「さっき言ったように、君は命の危険を感じた。その結果、この空間へと辿り着いたんだよ」

 まるで、自分という存在が空気に溶けてしまうような感覚。それを思い出して、ロックはぶるりと身体を震わせる。

「君は、あの人の治療の為に力を使い過ぎたんだ。もし彼女が遺したエレメントロックの力だけを使ったなら、あそこまでは行かなかったかもしれないけれど。

 エレメントロックから力を引き出すのに不得手だったからか、もしくは彼女を消したくないという想いからか。
……君は、無意識に自分の身体を構成するエレメントすら使ってしまったんだよ」

 結果、人間としての身体を維持するエレメントが足りなくなり、消滅寸前にまで至ってしまったらしい。

「え、じゃ、じゃあ……どうして、僕達はこんな普通に話していられるの?」

「……そうだね。本当なら、今すぐにでもこの空間ごと君の存在は無に帰していただろう。……でも、そうはならなかった。

 理由は、すぐに分かるよ」

 ぐにゃり、と。言い終わる前に、少年を象る輪郭が歪んだ。
 驚愕するロックを前に、今度は空間自体が形を失うように揺らぎ始める。

「ほんの少し前までは、君が僕の思考に引っ張られる時もあった。……けれど、今はもう違う」

「まっ、待って! 君は、君の名前は――!?」

 ぐちゃぐちゃな空間の中で、もはや少年の姿は判別できなくなっていた。
 しかし、ロックは思わず手を伸ばし叫んでいた。

 少年の思考が読める中で、唯一ロックが知り得ないこと――彼の名前が、聞きたかったから。

「……忘れないで。僕はかつての君だけれど、君はかつての僕ではない。

 ――自分のやりたいように、生きるんだ。ロック」

 白だった空間は灰に沈み、やがてまた白く染まる。
 はじめから、そこに何も無かったかのように。


「僕の、名前は―― 」


 消えていく。
 全てが。


 ――なにもかも。

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あきゅろす。
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