element story ―天翔るキセキ―
強くなんかない
「……どうか、自分を見失わないで欲しい。お前のやりたい事を、すればいいと俺は思う」
タイガの優しい物言いが、今のロックには苦しかった。寧ろ強く責められた方が、よほど気が楽だっただろう。
でも。……この人は、偽りもごまかしも何もなく、本心からそう言ってくれている。
その気持ちが温かい手からも伝わってくるから、なお辛かった。
「俺も、結局は自分のやりたい事をやった。迷いはあったし、お前達に対しての申し訳なさも確かにある。
――だが、後悔はしていない」
強い眼差しでそう告げた後に、またふっと笑って、「最期に、無責任な言い方になってしまうが」とタイガは付け足す。
「……でも……ッ」
ロックは自身に渦巻く様々な感情に振り回されるように、擦り切れそうな声を上げた。
「……でも、それで! もっともっと
、色んな人達が悲しんだら!? 大切な人達が、いなくなったら! 僕はどうすればいいの!?
もう、分からないよ……」
誰かを、喪いたくない。消えて欲しくない。死んでしまうなんて嫌だ。
そう願っているだけなのに、それを叶える事がどれだけ大変なのか。――どれだけ、甘い考えなのか。
「エリィや……父さんやシング達は、僕は変わったって言ってくれた。でも、本当は僕は何も変わっていないんだ! ただ、みんながいてくれたから……支えてくれていることに気付けたから……。
たったそれだけ、なんだよ……っ」
――今の自分は、強くなったんじゃない。ただ少しだけ、視野が広くなっただけなのだと。
そう訴えるロックは、少し前の、気弱な頃に逆戻りしてしまったようだった。
自分の行動の結果、何が起こるのか分からない恐怖。それに全身が侵食されて、足がすくむ。
「ロック……」
タイガは、頭を撫でる手を止めない。
「大丈夫だ。人の優しさに……温もりに気付けたなら、お前は……ッ、ゲホッ!!」
「……!」
「タイガ!!」
咳き込み血を吐き出したタイガは、しかし笑顔を浮かべたままだった。
「……これからの事、任せて……悪いな」
「おいっ、しっかりしろ! ……タイガッ!!」
ヴァルトルが叫ぶ。今にも目を閉じてしまいそうなタイガの耳に、何とか届かせる為に。
「タイガさん……!」
――いやだ。
そう、ロックは思った。
『久し振りだな、ロック』
まだ幼い頃。その日は養父が忙しく、全く構って貰えなかった。
部屋にひとりで閉じ籠って、本を読んでいたのだ。
そんな時、ちょうど用事があって東ギルドにやって来ていたタイガが現れて。
『俺と遊ぼうか』
少し暇が出来たから、などと言って。
ギルドマスターが、他のギルドにわざわざ出向かなければいけない用事が出来て、暇な訳が無いのに。
それなのに――結局その日は、日が暮れるまで傍にいてくれた。
『さあ。ロック、何をして遊ぶ?』
言いながら、頭を撫でてくれる手は……温かかった。
(――嫌だ……!!)
そう心の中で、叫んだ瞬間。
頬を伝った涙が、持っていたエレメントロックに――落ちていく。
涙に濡れた虹色の石が、まるでロックの感情に呼応するかのように。……どこか、悲しげに輝いたような気がした。
(……誰かを、犠牲にするなんて嫌だ……っ!)
どうしようもない気持ち。それを叫びたくなるも、必死に堪えた。ただ、父達をもっと悲しませるだけだと分かっているから。
でも、心の中で泣くくらいは……許されるだろうか。
ロックは、エリィの遺した石に縋るように……声もなく、泣いた。
――……その時、だった。
「…………え……?」
ふいに、手にしたエレメントロックに温もりが宿るのを感じて。ロックは、それを凝視する。
――そうしていたら、エレメントロックに残ったエリィの意志が教えてくれたのか。いつかの出来事が、頭の中に去来する。
「……そう……だ」
それはまるで、天啓のように。または使命のように、ロックの心に響き渡った。
「ロック……?」
突如タイガの傷口に手を翳したロックに、ヴァルトル達は戸惑いの声を漏らす。
ロックは答えない。いや、聴こえない、といった方が正しかった。
目を閉じて、ロックは深く集中した。つい先程まで錯乱ともいえる状態だったというのに、驚くほどの冷静さだ。
ひとりじゃない――石から伝わる温もりが、そう言ってくれているような気がしたから。
「 ……創世の力、我が意思に従え」
握り締めるエレメントロックが、言の葉を教えてくれる。
「我に在る命の欠片を、この者に与えよ」
エレメントロックが混じりけのない白の光を放ち、いくつもの線を描き出す。
「……焔よ、この者に宿り、命を燃やせ」
傷口と翳した手を、光が繋ぐ。そこを道筋にして、ロックから放たれた赤色の粒がタイガの元へ行く。
「――ラマ-ディーネ」
女神の力を持つ者だけが知る、人智を越えた力。
それをロックは、紡ぎ、唄った。
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