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element story ―天翔るキセキ―
大きな手


「ヘリオドール様ッ!!」

 今まさに石が砕かれようとしたその時、扉が開け放たれ、部屋の入口を警護していた魔術師が慌てて入ってきた。

「何だっ、今は会議中だぞ!!」

「すっ、すみません、ですが……!!」

 駆け寄る間も惜しいとばかりに、魔術師はその場で叫ぶ。


「リーブ・レカントを始めとした七名が、響界に現れ……! タイガ・アインセルに至っては、かなりの深手を負っており……!!」

「!! ……何だと!」

 そう告げられた瞬間、再び扉が開け放たれ――魔術師達に囲まれたリーブ達が、連行されて来た。
 勿論、その中にはタイガもいる。

「何をやっているんだ! 早く医務室に……!!」

「でっ、ですが……」

 左腕の『あったところ』に包帯が巻かれてはいるが、血が滲んで意味も殆ど成していない。
 その出血の量から、もう助からないと誰の目から見ても明らかだった。

 ――女神にやられたのだと、誰もがすぐさま直感した。

「……リオ。部下を……責めるな。……俺が、自分から望んで此処へ来たんだ」

「タイガッ!!」

 ヴァルトル達ギルドマスター……そしてヘリオドールすらも、脇目も振らずにタイガの元へと駆け寄った。
 本来なら立場上、そんな事はしてはいけないのかもしれない。だが、今の彼らにそんな事を考える余裕はなかった。

「最期に……お前達の顔を見たかったんだ」

「馬鹿ッ、最期だなんて言うな! 今すぐ手当てすれば」

「分かってる、だろう……? なあ……ヴァルトル」

 リーブとオブシディアンに支えられながら、タイガは途切れ途切れに言葉を遺していく。

「お前が俺達のリーダーで、本当に良かった。……言葉足らずな俺が、チームに溶け込めたのは……かけがえのない親友を得られたのは、お前のお陰だ……」

「馬鹿……やめろ。別れの言葉を言うな! 好き勝手暴れておいて、諦めるんじゃねぇよ……!!」

 ヴァルトルはタイガの――片方だけになってしまった手を握り締める。そうする事で、彼をこの世に繋ぎ止めたかったのだろう。

「ヴァルトル、レスナ、リオ……ナイク。お前達と暮らしたあの日々は、今でもずっと……俺の宝物だ」

「や、やめろよ……! ……な、なあ? そんな事を言ってる暇が有ったら、自分の身体を治してからにしようぜ? それからなら、いつだって……いくらだってそんな話を聞いてやるから、な!?」

「そ……そうだよ! 今、痛いでしょう? しゃべるのも辛いでしょう? ――ねぇ、今は止めよ? 思い出話は、全部終わってからにしようよっ!」

 もうレスマーナは涙目になってしまっていた。最後の声は、もはや悲鳴に近かった。

「…………皆、止めなさい。タイガは自分のやりたい事をやった。その結果、『こう』なった。……それが、たったひとつの事実なのよ」

 ただひとり、ナイクだけは。もう現実を受け入れたように、冷たい言葉を放った。

「だっ、だって!」

「だっても何も無いわ。……でしょう?」

 ナイクは、タイガを見据える。その顔は、確かに強張っていて。溢れ出そうな感情を、何とか押さえつけようとしていた。

「……ああ。ナイクの言う通りだ」

 彼女と僅かな時間、視線を交わし。タイガは、ふっと笑った。
 その笑みに、ナイクはさっと顔を逸らす。――泣いてしまいそうだったから。

「……ランジェル」

「タイガ、様……」

 ヴァルトル達よりも距離を取っていたランジェルに、タイガは話しかける。
 ランジェルは躊躇いがちに、彼に歩み寄った。

「お前には……苦労ばかり掛けたな」

「……いえ、そんな事は……ありません。寧ろ、私が貴方様に苦労ばかりを……申し訳……ありません」

 肩を震わせるランジェルの懺悔に、タイガは小さく、しかしハッキリと首を振る。

「お前は、立派に役目を果たしていた。ただ、俺と似て誤解されやすいだけなんだ」

 性格は違えど、タイガはランジェルに自分と似たものを感じていた。
 言葉が足りず、もしくは冷たい言い方になってしまい、人から誤解を受けてしまう。
 彼のそんな面を見た時、タイガは彼を放って置けないと思った。……今考えれば、随分と『我がリーダー』に似てしまったと感じる。

「今より、少しだけでいい。少しずつで、良い。……お前も、周りの人間にもっと目を向けるんだ。

 かつて俺が、そうだったように。……お前にもきっと、自分の一生に影響を与える誰かに出逢える」

「タイガ……様」

 ランジェルは、瞳に涙を滲ませて、訴えかける。

「私にとっては……貴方様がそうだったと言ったら、どう思われますか? ――それでも、考えは変わりませんか……?」

「……そうだったのか。それは……素直に嬉しいな。だが……そう、だな。考えは、変わらない。一生の出逢いは、たったひとりだけとは限らないんだ」

 多くの人間と出逢えば、その分、気に入らない人間だって現れるだろう。不快になる事だって、あるだろう。
 けれど、だからといって人との対話を、関わりを忘れてはならないと。タイガは、ランジェルにそう遺した。

「…………はい。……タイガ様」

 思う事は、言いたい事は沢山あった。が、ランジェルはただ、頷いた。なぜなら、師が他の者に伝えたい言葉を、まだ持っていたからだ。


「――ロック」

「……タイガ、さん」

 ロックは、誰よりもタイガから遠く離れていた。自分は近寄っていい存在ではない気がしたからだ。
 だが、タイガが浮かべた笑み。それに『こちらに来て欲しい』という意志を感じて。ロックは、ゆっくりと近付いていく。
 ヴァルトル達が道を開けてくれ、最終的にロックはタイガの目の前まで来ることとなった。

「……そんな顔をするな」

 ロックの頭に、タイガは手を置き。優しく撫でた。

(大きな手)

 思い起こせば、この人はロックと会うと、いつでもこうやって撫でてくれていた。
 けれど、前よりも大きく感じられなくなってしまったのは、ロックが成長したからだろうか。

 最後にタイガと会ったのは、五年前の集魔導祭。あの頃は、まだロックは十一歳で。とても小さかったから。

「……大きくなったな」

 同じ事を考えていたのだろうか、タイガは頬を緩める。

「……ロック。お前の正体を知ってから今まで、お前に対する気持ちが変わった事はない。

 今でも――お前は俺達の子供だ」

「……!!」

 ロックは衝撃に目を見張る。
 ずっとタイガに対して抱いていた不安が、ふっと息を吹き掛けられたように、容易く消えていく。
 それはきっと、タイガの笑顔が優しいから。頭を撫でてくれる手が、昔と同じようにあたたかったから、だろう。

「……でも、……僕は。僕の、せいで……」

 タイガの左肩から先。そこにあった筈の温もりは、もう二度と帰ってこない。
 いやそれどころか、その命さえも。

 ――エリィの言う通りに、していたら。
 ここにいる誰も、世界中の人々も、不幸にならなかったのではないか。

 エリィ達『人形』として創られた者や、女神さえ犠牲にすれば――……。
 でも、それも嫌だった。だから、『今』が訪れたのだ。

「俺は、俺の信じる道を歩んだ。結果、こうなっただけだ」

「でも……でも……!」

「……例え、自分の意志を貫いても。結果が伴わない事だって、あるんだ。だから、お前が責任を感じる事はないんだ」

 ロックは、ついに涙を流してしまった。駄々をこねる子供のように、何度も大きく首を振る。

 ――親しい人の死なんて、今まで出会ったことがなかったから。自分を責めるなと言われても、心を苛む虚しさは消えてくれなかった。



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あきゅろす。
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