element story ―天翔るキセキ―
意志を貫くこと
――それから数時間、魔術師達は混乱する住民への対応に追われた。
集魔導祭のさなかに現れた人間達、そしてあの声の主。
女神の存在など知らない一般人達を、魔術師は何とか宥めようと努める。
しかし、未知の声に『駆逐する』などと言われて、すぐに冷静になれるわけがない。
人々の声は、やがて魔術師達への詰りへと変わっていく。
「あなた達は、何が起きているのか知っているんでしょう!? なんとかしてよ!!」
「いつもいつも、自分達だけ涼しい顔で偉そうにしやがって! どうしてくれるんだっ! 今のあれは何なんだ!!」
「ねぇ、私たち、助かるのよね? 大丈夫よね、貴方たち魔術師様がいるんだものね? ――ねえ、そうだって言ってよ! おねがいっ!!」
ある者は魔術師に縋り付き訴え、ある者は狂ったように慟哭の叫びを上げる。
「お腹に子供がいるの、お願い、助けて、助けてよ……っ!!」
「嫌だ!! 死にたくないッ……!! 死にたくない……!」
――その阿鼻叫喚がようやく収まったのは、それから二時間後。
『世界中の住民をこの街に集め、また結界の強化や魔術師による警備を厳重にする』。
それを、代表であるヘリオドール自身が人々の間を練り歩きながら言い続け、ようやく人々は落ち着きを取り戻した。……それもほんの一時的なものだろうが。
休む間も無く、代表はギルドマスター達とロックを集め、状況の整理と、これからの事について会議を行う事とした。
ヴァルトル、レスマーナ、ナイクはタイガとの戦いで軽傷を負っていること。そしてその戦いの中でフェアトラークが奪われたこと。
エリィが捕らわれ、彼女のエレメントロックを破壊することが出来ず――結果、女神イリスが復活してしまったこと。
お互いが知っていることを、全てを話した。
「この事態は、誰か一人の責任じゃない。……全員の責任だ」
ヘリオドールは重々しい口を開き、その場の全員に告げる。
「エリィが言い遺した事を考えると、女神に対抗できるのは俺達が持つ女神の力の欠片と――ロック。お前だけだ」
視線を受け、ロックはびくりと身体を震わせる。
「ただ、お前は女神のエレメントから生まれたと言っても弱い。魔術を多用するだけでも、身体に負担が来る。それでは、到底女神に太刀打ち出来ない」
「……はい」
「――エリィの残したエレメントロックは、まだ持っているな?」
「…………はい」
壊す、と。今度こそ、そうなるのではないかとロックは思い。結果、返答が遅れてしまう。
今こんな事態になっていても、ロックはエリィそのものであるこの石を壊すのに躊躇いを感じていた。
それどころか、この石がまだ存在しているということは――エリィが今もなお生きていてくれているのではないか、という微かな希望すら抱いてしまっている。
「少しでも、女神を弱体化させなければなりません」
「……その為には」
「壊すべきです、今すぐに」
歯切れの悪いレスマーナに対し、淀み無くランジェルは進言した。
それが、きっと一番正しい。ロックだって、頭の中では理解しているつもりだ。
けれど……。
「あのっ、僕は」
「そうだな」
「!! 父、さん……」
押し黙っていたヴァルトルは、ランジェルの言葉に頷いて。ロックは、絶望したように目を見開いた。
……心のどこかで、父は自分を庇ってくれるのではないかと甘えていたのだ。
「……悪いな、ロック。俺達はこの世界を、人々を、守らなきゃならねぇんだ。
多くの人々の為に、エリィを切り捨てる形になるが……それを良しとしなければ、みんな御陀仏かもしれねえ。そんな事態だけは、避けなくちゃならねぇんだよ」
「…………」
ロックには、返す言葉が無い。ランジェルにも言われた事――『何もかも、なんの犠牲も無しに成し遂げようなどと思うな』と、それは子供の我が儘だという発言を思い出した。
(全部、僕の……わがままでしか、無い?)
自分のやりたいことを見つければいいと、エリィに言った。
強くなりたいと、エリィに決意を伝えた。
エリィを犠牲にしたくないと、思った。
――世界を女神の好きにさせないために、生まれた。
全部、……自分の意志でやってきたこと、考えてきたこと、全ては。――無駄だったのだろうか。
自分のやりたいことを……意志を貫くなんて、到底無理な話なのだろうか。
(……この世界は、僕だけの意志で動いてるわけじゃない)
父達だって、『この世界を守りたい』という意志で動いている。その上で、エリィを犠牲にすると言っているだけなのだ。
意志と意志が相反しているから、ぶつかっている。それに気が付いた時、ロックは今更ながらに『自分の意志を貫く』という事が、どれだけ困難かを思い知った気がした。
「ロック……ごめんなさい。私も……いいえ、私達は全員、ヴァルトルと同じ結論よ」
痛切な表情で、ナイクはロックに告げる。
「……理解して、なんて言わないわ。感情の行き場が無いのなら、私達を憎んでくれてもいい。
――でも、どうか。この世界を守る為に、力を貸して欲しい。その為に、――あの子を諦めて欲しいの」
その結論が決して本意ではないのは、ロックを含め誰もが理解していた。本当は、大切な人を喪ったロックの意志を尊重したいに違いない。
けれど、責任を背負った立場である彼女の理性が、それを許さないのだ。
「はい……分かっている……つもりです」
ロックは、喉の奥から声を絞り出す。
「僕は……きっと、父さん達の言う通りにすべきなんだって……本当は、分かっているんです」
ロックは、腰に提げた道具袋からある物を取り出す。
――エリィから託された、虹色のエレメントロックだ。
別れを惜しむように、ロックはそれを愛おしそうに撫でる。
「……エリィだって、初めからそうして欲しいって言っていたんです。だから、……だから……そうするべき、なんですよね」
ロックは思い出す。リーブ達の使い魔に乗せられたエリィが、最後に口にした言葉を。
いや、正確には声は聴こえていなかった。けれど、その口の動きは鮮明に思い出せた。
その口が、紡いでいた言葉は――。
『――ごめんね。……さよなら』
そう言って、エリィは……笑った。自分が消滅する覚悟を持ってなお、笑顔をロックに向けたのだ。
エリィは、自分が消滅してもいいと、心から思っていたわけではないとロックは感じている。
本当は、ただの少女として……人として、生きたかった筈なのだ。
けれど、結局は彼女もまた、自分の意志を貫くことは出来なかった。
「エリィ……ごめんね」
ちいさな、ちいさな声でロックは彼女に詫びる。それは、彼女を犠牲にする覚悟を、決める為に。声に出して、自分に言い聞かせなければならなかったからだ。
「…………ロック。ありがとう……ごめんな」
「……謝らないで下さい」
「……そう、か。……そうだな」
ヘリオドールは大人達の誰よりも悲痛な表情を浮かべていた。
――選民思想にまみれ、時に一般人を切り捨てて自分達の支配を守ろうとする。そんな響界を内側から変えたくて、彼は仲間達のいる東ギルドを抜け――やがてこうして代表にまで登り詰めたというのに。
――オレも、結局は誰かを切り捨てる事しか出来ないのか。そうしなければ、人々を守る事も出来ないのか。
苦痛すら覚えながら、ヘリオドールは心中で嘆いていた。
「……ロック、どうする? 俺達がやるか、それとも――」
「ううん。……僕が、やる。……やります」
自分のせいで女神を復活させた、そのケジメにもならないけれど。せめて、これは自分でやらなければいけなかった。
ロックは立ち上がり、エリィの命そのものであるエレメントロックを、両手で包み込む。
そして、彼女がかつてここでそうしたように、石を引き裂こうと力を籠めて――。
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